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世界遺産バンチェン遺跡の遺物の古美術品化とその価値づけをめぐる文化人類学的研究(2019-2022)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(C)

中村真里絵

目的・内容

タイ東北部の貧困地域の村で発見されたバンチェン遺跡が世界中の古美術品蒐集家を熱狂させた時期に、出土遺物はいかに価値づけされて古美術品となり、流通ネットワークに接続していったのか、地域住民は遺物をいかに提供したのか、蒐集家はなぜ、またいかにして遺物を手にいれたのか。そして、ブームはどのように終焉を迎えたのか。本研究は、バンチェンの遺物が古美術品化してから文化財となるまでの一連のプロセスを、流通ネットワークに関わる人々の価値づけから明らかにすることを目的とする。具体的には、遺物の盗掘と売買に関わった人々への聞き取り調査と、カタログや図録、新聞記事の文献調査の双方から検討し、遺物に付与された「古さ」「美しさ」「本物」といった新たな価値を読み解いていく。そしてフィールドに根差した従来の民族誌ではなく、脱地域化した遺物というモノを起点とする民族誌として成果を公表し、モノと人間、社会との関係性を問う。

活動内容

2021年度活動報告(研究実績の概要)

今年度は新型コロナ感染症の流行により、予定していた海外での現地調査ができなかったため、これまでの調査で得たデータの整理と研究成果の発表に務めた。
国内調査は、聞き取り調査の対象である骨董品のコレクターが高齢であることから、感染予防の観点に立ち実施を控え、バンチェンの遺物を取り扱った経験のある古美術商から聞き取り調査のみを実施した。さらに、バンチェン遺跡や東南アジア美術にかかわる古美術専門雑誌やギャラリーのカタログ、博物館図録の収集、分析をおこなった。これらの調査により、日本における東南アジア由来のモノの古美術品化の一端を明らかにした。それらのモノは1970年代に東京、名古屋、福岡などの都市圏において、百貨店やギャラリーが媒介となり流通しており、個人コレクターも潜在的に多数いるということがわかった。近年コレクターの高齢化に伴いそれらのコレクションを手放すこともあり、一部は博物館に寄贈されている他、インターネットオークションにもたびたび出品されているが、表に出ない古美術品や遺物は数多く存在している可能性がある。
また、第14回国際タイ学会では、「バンチェンの土器」とされていた土器がいかにホンモノの考古遺物と同定されていくのかに関する発表をおこなった。同定のプロセスには、年代測定という科学的知見だけでなく、土器の重さや持った際の感覚等、研究者の身体的な知見も重視されることを明らかにした。近年、流出した美術品の返還に関する議論が盛んにおこなわれているが、それらを一括りにするのではなく、それぞれのモノの物質性や流出の契機や経緯に目を向けていくことの重要性も検討した。

2021年度活動報告(現在までの進捗状況)

昨年度に引き続き、コロナ禍により予定していた海外での現地調査が実施できなかった。高齢者をインフォーマントとしていた国内調査も、感染リスクを考慮すると実施することができなかった。そのため、データ収集に遅れが生じた。

2020年度活動報告(研究実績の概要)

本年度は、コロナ禍により予定していた海外調査および国内調査が実施できなかったため、前年度までの調査で得たデータをまとめ、研究発表をおこなった。
まず1970年代に日本に流出し、これまでタイのバンチェン遺跡の遺物だとされていた二つの土器がどのようなプロセスを経て、ホンモノの遺物となるのかを考察した。これらの土器は日本人所有者が長年所有してきたものであるが、高齢化などを理由に寄贈先を探していたという事情があった。放射性炭素年代測定を実施した結果の測定値を、かつてのバンチェンの年代観に照らし合わせると想定より若干新しい年代の土器であることがわかった。しかし、近年バンチェン土器の年代観が広がってきたこと、考古学者の経験といったものを含めた総合的見地から、最終的にその土器はバンチェン遺跡のホンモノの遺物であると結論づけられた。それにともない、現在の文化財をめぐる潮流、所有者の希望などを考慮し、タイ本国へ寄贈することになった。このような経緯から、様々なアクターの下、理化学年代測定や年代観、研究者の見解という、客観性と曖昧性のはざまで、考古遺物というモノの価値が定まっていくことを明らかにした。今回の事例は、1970年代に日本に流出したバンチェンの遺物が大量であったことを考慮すると、そのすべてにこのような手続きを取ることは不可能であると考えるが、現在、社会問題となっている流出文化財の真正性やその帰属について考察する上で一つのモデルとなると考える。
また、バンチェン遺跡に住む村人たちが、いかにバンチェンの遺物ブームを受け止めてきたのか、現在、世界遺産に住む住人としてどのような意識を持ちながら生活しているのか、これまでの聞き取り調査で得たデータをまとめて雑誌に投稿した。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況)

2020年度はコロナ禍の拡大のために、予定していた国外調査が実施できなかった。また、国内調査も高齢者をインフォーマントとしていたため、感染のリスクを考え、実施することができなかった。そのため、データの収集に遅れが生じた。

2019年度活動報告

2019年度は、主に日本におけるバーンチェン遺跡の遺物のコレクションに関する概要を把握すべく調査を遂行した。バーンチェン土器に関連する古雑誌などの文献を収集した他、遺物を保有している博物館にて資料の熟覧調査を実施した。
また、バーンチェン土器の所有者から、その収集の背景等に関して聞き取り調査をおこなった。その延長で所有者の希望によりバーンチェン土器の年代測定、寄贈、タイ国への返還にかかわることになり、タイ文化庁や文化人類学者へのインタビューをおこなった。これらを通じてバーンチェンの遺物の日本における扱いや現在タイにおける文化財の扱いが明らかになった。1970年代に世界中に散逸したバーンチェンの遺物は、現在アメリカ等から返還される事例が増えているものの、それらの経緯や真贋に関する議論は進んでおらず、タイにおいて資料整理なども停滞していることがわかった。こうした流出した遺物の処遇についての事例は、今後さらに増えていくことが予想されるため、遺物を含む文化財の所有や返還をめぐる議論について、より注視していく必要がある。
これに関連し、タイの大学の文化人類学者との間で、日本に流出したバーンチェン土器に関する展示をする話が進んでいる。次年度も引き続き日本におけるコレクションや流通に関する調査を実施していく。
2020年度3月にはバーンチェン遺跡にて、社会変化と観光化に関する調査をおこなった。これにより、現在バーンチェンでは、村人らを中心に遺跡を観光資源化するイベントに力を入れていることが明らかになった。