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米国での認知症高齢者を師とする人生語り・記録の多世代協働とコミュニティ教育の展開(2018-2023)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(C)

鈴木七美

目的・内容

認知症高齢者やその家族の生活の質の低下をどう解決するか。2005年以降米国では「認知症高齢者を決して一人にはしない」という草の根の「メモリーブリッジ」活動が急速に広がっている。その特徴は、認知症高齢者を師と位置づけ、聴き手が認知症高齢者の人生や生活を聴き取り記録することである。
本活動には若い世代が継続的に参加している。人生の物語を語り聴き、その経験や記憶を想像することは、誰もが歴史と文化をもつより広い世界に位置づけられる感覚をもつことに繋がるのか。多文化・多世代が、認知症高齢者との交流にどのような経験を紡ぎ意義を見いだしているのか、またそうした場はいかにして実現できるのかが本研究の問いである。
本研究は、高齢者のニーズを契機として全ての世代の生活環境を再考・開発するエイジ・フレンドリー・コミュニティ(AFC)に関する研究蓄積を生かし、本活動の現地調査を進め、日本で実践する条件を明示する。

活動内容

2023年度実施計画

2022年度事業継続中

2022年度活動報告(研究実績の概要)

本研究は、超高齢社会において、多文化・多世代の交流に開かれた場で、人びとがどのような経験を紡ぎ意義を見いだしているのか、またそうした場はいかにして実現できるのかに関する情報を、現地調査にもとづき提示することを目的としている。今年度は、会話や超自然との交信を含め、人びとが交流する時空間の変動とエイジング・イン・プレイスについて、歴史的資料及びフィールドワークで得た知見の分析を進めた。
第一は、植民地時代の米国に特徴的な社会的出産に関するものである。この集まりは、助産や治療の専門職化が進む以前の米国で、出産から看護、介護、看取りなどを担った主として女性たちが、ともに苦難を経験し、祝いや慰めを行い、情報を共有する機会でもあった。こうした日常会話をベースとする人生の危機における協働の時空間のありかたとその変容・喪失について分析し、成果を「出産の歴史人類学からみえてきた『母性のちから』――ケアと協働から考える」 というタイトルで発表した(招待講演 日本周産期メンタルヘルス学会)。
第二に、高齢者のケアや教育に関し、コミュニティがかかわる実践を重視してきたキリスト教再洗礼派の人びとの暮らしについて、現地調査内容および歴史的変動についての資料を精査し、成果として『アーミッシュキルトを訪ねて――照らし出される日々の居場所へ』を執筆した。再洗礼派のコミュニティ教育は、社会変化のなかで生活様式について考えるすべての人にとって不可欠のライフロングラーニングとして捉えられ、日常生活の集まりの会話をベースとして実践し続けられてきたことが明確となった。
第三に、現代の超高齢社会において、高齢者の生活環境において何が孤立感を緩和し、エイジング・イン・プレイスに資するのかを、現地調査に基づき検討し、論文執筆の準備を進めた。

2022年度活動報告(現在までの進捗状況)

コロナ感染拡大という状況下、これまで蓄積してきた現地調査資料についてさらに内容を深める目的で、歴史的変動に関する第一次資料および第二次資料の探索を行い、多くの新たな資料を発掘し収集した。これらの分析と考察を充実させ論考を提示するために、より多くの時間を要すると考えられる。

2021年度活動報告(研究実績の概要)

本研究は、超高齢社会において、多文化・多世代の交流に開かれた場で、人びとがどのような経験を紡ぎ意義を見いだしているのか、またそうした場はいかにして実現できるのかに関する情報を、現地調査にもとづき提示することを目的としている。今年度は、高齢者のケアや教育に関し、コミュニティがかかわる実践を重視してきたキリスト教の一教派である再洗礼派の人びとの暮らしについて、これまで行ってきた現地調査の内容を整理し、歴史的変動についての第一次・第二次資料を拡充したうえ、これらを詳細に分析し、成果として、書籍『アーミッシュキルトを訪ねて――照らし出される日々の居場所へ』を執筆した。
内容としては、再洗礼派の人びとがなぜコミュニティの力を不可欠のものとして重視するのかを、相互扶助、平和主義、教育のありかたに関するかれらの考え方と、それを実践につなげる方策について新たな知見を含めている。これらは宗教的信条にもとづくものだが、実践の過程で新たな局面を生み出してきた。教育は、次世代にこれまで人びとが検討してきた価値観を伝えるコミュニティに関する教育と、すべての世代がかかわる生き方をともに考えるコミュニティ教育として実践されてきた。また、平和主義の実践としての代替活動の開発とその展開は、多様な文化的背景を持つ人びとを包摂する居場所をもたらしてきた。こうしたことをともに考えるためにすべてのメンバーが語り合いの場に参加できる状態を保つために、相互扶助の姿勢は不可欠のものとなっている。こうした知見からは、再洗礼派のコミュニティ教育は、高齢者ケアあるいは高齢者の能力を生かすことや若者世代への文化伝達のために限定的に行われるのではなく、コミュニティについて考えるすべての人にとって不可欠のライフロングラーニングと捉えられ実践され続けてきたことが明確となった。

2021年度活動報告(現在までの進捗状況)

コロナ感染拡大という状況下、これまで蓄積してきた現地調査資料についてさらに内容を深める目的で、歴史的変動に関する第一次資料および第二次資料の探索を行い、多くの新たな資料を発掘し収集した。これらの分析と考察を充実させるために、より多くの時間を要するとみられる。

2020年度活動報告(研究実績の概要)

本研究は、超高齢社会において、多文化・多世代の交流に開かれた場で、人びとがどのような経験を紡ぎ意義を見いだしているのか、またそうした場はいかにして実現できるのかに関する情報を、現地調査にもとづき提示することを目的としている。
今年度は、これまで行ってきた現地調査の内容を整理し詳細に分析したうえ、成果として、英文雑誌Anthropology and Agingに論文を執筆し、第38回比較文明学会で発表(招待)を行った。これらには、コロナ感染拡大という状況下で得た新たな知見を含めている。すなわち、認知症高齢者を含む高齢者に限らず、すべての世代にわたって活動におけるアクセシビリティが制限され、これまで対面交流による推進が念頭におかれ成果を上げてきた活動の企画や運営が困難となっている状況を明確化し、そのなかで、いかなる代替的活動や、さらには発展的活動が考えられるのかについて、考察を加えた。
これらの成果の発表や議論を通じて、アクセシビリティの制限を受ける可能性のある全世代において、発信や交流に資する考え方や価値観について考察を深め、実践につなげるために、国際発信に向けた資料作成や第一次資料の収集の充実を図った。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況)

認知症高齢者を含め高齢者を包摂しその活躍が可能となる場とアクセシビリティの確保にとどまらず、すべての世代の交流協働におけるアクセシビリティに関し、情報を収集し知見を深めた。コロナ感染拡大という状況下ではあったが、ウェブ会議の国際集会に参加するとともに、来年度以降に分析すべき第一次資料および情報を収集した。とくに米国におけるコミュニティ教育に関して、参加型の実践的研究を行った。

2019年度活動報告

本研究は、超高齢社会において、多文化・多世代が、認知症高齢者を含む高齢者との交流に、どのような経験を紡ぎ意義を見いだしているのか、またそうした場はいかにして実現できるのかに関する情報を、現地調査にもとづき提示することを目的としている。
本年度は、(1)高齢者がかかわるコミュニティ教育と機関連携について、継続ケア付高齢者コミュニティ・高齢者対象住居を拠点とした多世代協働プログラム、(2) 高齢者がかかわる生活文化伝承と生涯教育について、博物館や教育研究機関が連携したプログラムに注目して、インタビュー調査・情報収集を行った。都市郊外の施設で長年積み上げられてきたプログラムを、都市中心部に居住する人々が活用できるよう整備する連携活動、及び、博物館や全米の教育研究機関をネットワーク化する拠点において、学習者、教育者、プログラムコーディネーターや運営者などとして高齢者が活動することによって、安定したプログラムが安価で継続的に提供できるシステム、高齢者がさまざまな形で参加するモノ作りとそれに関する語り合いや情報収集の場のありかたについて、詳細な情報を得ることができた。
また、これらの活動の展開にかかわるエイジフレンドリーコミュニティ・サミットに参加し、エイジフレンドリーコミュニティイニシアティブの意義と課題に関し情報を共有した。
成果公開としては、本研究に深くかかわる、高齢者のニーズを契機として全ての世代の生活環境を再考・開発するエイジングフレンドリー・コミュニティ(AFC)の研究に関しまとめた研究成果を、書籍として公開した。この論考では、高齢者たちの希望と実践に関する研究調査に基づき、変化のなかで、多世代が人生の物語を紡ぎ、新たな異文化と出会う、いくつもの「居場所」のあり方を、ライフスタイルを再考する視点とともに提示した。

2018年度活動報告

本研究は、超高齢社会において、認知症高齢者やその家族の生活の質の低下をどう解決するかという実践的課題を出発点として、多文化・多世代が、認知症高齢者を含む高齢者との交流に、どのような経験を紡ぎ意義を見いだしているのか、またそうした場はいかにして実現できるのかに関する情報を、現地調査にもとづき提示することを目的としている。
本年度は、海外共同研究者や研究協力者と情報交換を行いつつ、認知症高齢者が参加する多世代協働の実践、およびその継続的運営を可能とする環境について、現地調査研究を実施した。とくに米国において進められている博物館や学校等を活用する活動において、実践者の資格や仕事のありかたについて重要な情報を収集することができた。また、日本における当該実践の応用可能性にかかわり、日本の高齢者関連施設における若い世代のボランティアおよび就業に関する情報収集を進めた。
成果公開としては、本研究に深くかかわる、高齢者のニーズを契機として全ての世代の生活環境を再考・開発するエイジングフレンドリー・コミュニティ(AFC)の研究に関し、海外共同研究者との協働的研究の蓄積を生かし、日本の過疎地域における産業振興と多世代協働に関しまとめた研究成果を公開した。この論考は、欧米都市を中心とするAFCの現状に不可欠の視座を提供するものであり、包括的環境の基盤となる仕事やライフロングラーニングを含む余暇の時間のありかたを検討するための観点を明示している。さらに、すべての世代が参加する余暇活動を支える米国のコミュニティの基盤となる考え方に関し発表し、議論にもとづき考察を深めた。