北米アラスカ・北西海岸地域における先住民文化の生成と現状、未来に関する比較研究 (2019-2023)
科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(A)
岸上伸啓
目的・内容
本研究の目的は、北米のアラスカ地域および北西海岸地域の各地においてかつて狩猟採集民であった民族諸集団が先住民としてどのような文化を生成し、それらがどのように変化し、現在に至り、さらにどのように変化していくのかについて諸文化における変化の差異と類似性に着目しながら解明することである。とくに、経済要因(グローバル経済やネオリベラリズムの浸透)、政治要因(植民地化や国家への政治的包摂)、環境要因(温暖化といった生態環境の変化)、社会要因(伝染病や自然災害などによる人口減少に伴う社会の再編成)、思想的要因(キリスト教化の浸透)といった諸要因(アクター)と先住民社会との間でいかなる歴史的相互作用が見られ、彼らが先住民として独自の文化をどのように生成してきたかに関して明らかにする。その上で、歴史的変化と現状と将来への展望を地域間で比較することにより、北米先住民文化の生成過程に関して一般化を試みる。
活動内容
2023年度実施計画
令和5年度は本研究計画の最終年度である。各自が調査研究を継続するとともに、研究成果のとりまとめと発信を行う。
(1)各自は国内外で下記の調査を実施する。カナダ・バンクーバー島において岸上伸啓は先住民のアートと社会変化に関する調査(2023年4月下旬から5月上旬)を、立川陽仁は先住民によるサケ漁業に関する調査(2023年8月から9月にかけて)を実施する。近藤祉秋は2024年2月、アラスカ州ニコライ村で内陸アラスカ先住民の生業活動の再活性化に関する現地調査を実施する。生田博子は2023年8月下旬より約1ヶ月間、米国アラスカ州にて石油開発による先住民の生存漁労・狩猟に与える諸影響に関する現地調査を行う。また、米国からシンポジウムに参加する研究者を2023年11月に招聘する。手塚薫は、2023年6月以降に小規模コミュニティの自然災害への対応と復興にかかわる国内資料調査を国立歴史民俗博物館等で実施するとともに、8月以降に米国ニューヨークのアメリカ自然史博物館において複雑系狩猟採集民にかかわる物質文化(特に威信財・移入品・海洋交通具・武具)に関する調査を行う。
(2)国際シンポジウムを開催し、成果発信を行う。2023年9月中旬と11月上旬に海外から研究者と先住民を招聘し、国際シンポジウムを開催する。同年9月16日に日本カナダ学会シンポジウム「カナダ北西海岸先住民のアート」を、同年11月3日~5日に環北太平洋地域の視点からアラスカと北アメリカ北西海岸地域の先住民文化の変化と現状を検討するシンポジウムをそれぞれ国立民族学博物館において開催する。
(3)学会発表やデータベース等で成果発信行うとともに、成果を取りまとめ、刊行準備を完了させる。これまでの成果を各自が2023年6月開催の日本文化人類学会や2023年9月開催の日本カナダ学会等で口頭報告するとともに、成果をホームページから発信する。また、本調査プロジェクトの成果の一部を国立民族学博物館企画展示「カナダ北西海岸先住民のアート――スクリーン版画の世界」を通して公開するとともに、フォーラム型情報ミュージアム「北米北方先住民関連文化資源データベース」に反映させ、発信する。さらに、岸上伸啓が編者となり成果論集の作成を行う。
2022年度活動報告(研究実績の概要)
令和4年度は、下記の調査研究を実施した。岸上伸啓は、2022年8月にカナダのハイダ・グワイとバンクーバーにおいて北西海岸先住民の宗教、アートと社会変化に関する調査を実施した。また、カナダ北西海岸先住民のアートと社会変化に関する展示会の準備を行った。立川陽仁は、2022年9月にカナダのバンクーバー島にて漁撈・採集、及び2018年以後カナダで合法化された大麻産業への先住民参入の試みをはじめ、運送業やサンドブラスト業など、新産業に参入する先住民の試みについて調査を行った。近藤祉秋は、2022年8月にアラスカ山脈周辺の狩猟キャンプにて狩猟ガイド業および高地での生業活動に関する参与観察を行った。この現地調査の結果に基づき、内陸アラスカ先住民社会における混合経済化と生業活動に関する文献研究を実施した。生田博子は2022年9月に米国アラスカ州にて現地調査、ダートマス大学極地研究所、国立アメリカ先住民博物館ほかで資料収集及び研究者との意見交換を行った。また、2023年3月に英国オックスフォード大学とアバディーン大学で資料収集及び研究者との意見交換を行った。手塚薫は、2022年9月に米国にある3つの博物館、アラスカ州立博物館、シェルドン・ジャクソン博物館、トーマス・バーク博物館において海洋交通具を対象とした収蔵資料調査を実施した。
成果発信として、2022年10月開催に一般公開シンポジウム「環北太平洋地域の先住民社会の先史、言語、文化」(国立民族学博物館・ウェブ開催併用)を開催するとともに、岸上伸啓編『環北太平洋沿岸地域の先住民文化に関する研究動向』(国立民族学博物館調査報告156号)を刊行した。また、フォーラム型情報ミュージアム「北米北方先住民関連文化資源データベース」の情報の高度化を行った。
2022年度活動報告(現在までの進捗状況)
令和4年度は、コロナウイルス感染症の流行に伴う旅行規制が緩和されたため、これまで中断中であった現地調査を行うことができたことに加え、これまでの研究成果の一部を公開でき、期待通りの成果をあげることができた。
2021年度活動報告
2021年度事業継続中
2020年度活動報告(研究実績の概要)
2020年度は、新型コロナ感染症禍にある調査地域の人びととSNS等を利用して連絡を取りつつ、下記の調査研究を実施した。
岸上伸啓は、カナダ北西海岸先住民ハイダの社会変化に関して感染症(とくに天然痘)の流行との関係から調査を行うとともに、2020年6月に国立民族学博物館に建立されたトーテムポールの特徴や制作過程に関する記録を作成した。また、2020年10月から12月まで開催された国立民族学博物館特別展示「先住民の宝」においてカナダ北西海岸先住民のコーナーを担当し、研究成果を展示によって公開した。さらに、フォーラム型情報ミュージアム「北米北方先住民関連文化資源データベース」の情報を高度化し、新プレート版として2020年12月4日に更新した。加えて、科研関連のホームページを開設し、成果や情報の発信を開始した。
近藤祉秋は、Zoomやフェイスブックなどを利用して、これまで調査してきたアラスカ・ニコライ村におけるコロナ禍での生活や地域保健の状況に関する聞き取り調査を実施した。手塚薫は、北米の複雑系狩猟採集民の研究動向を文献や遺跡発掘調査報告書に基づき把握し、自然災害などに直面した小規模コミュニティの復興過程も視野に入れて研究を行った。また、現地調査が可能になった時に適用するため、GIS(地理情報システム)を用いて人々の持つ記憶を位置情報と結びつけて定量化・可視化する「記憶地図」の手法を開発し、国内のフィールドワークで試行した。
立川陽仁は、SNSを使ったオンライン調査を実施し、先住民がおこなう漁業およびその他の事業に関する現地データを収集すると同時に、先住民が新たに開始した事業の現状と今後の展望について論文として発表した。生田博子は、アラスカ先住民社会における石油等の地下資源開発とその開発の環境、先住民社会、先住民文化への諸影響、開発との共生に関する現地調査の準備を行った。
2020年度活動報告(現在までの進捗状況)
国内外でのコロナ感染症の流行により、アラスカおよびカナダ西海岸地域での現地調査を行うことができなかったので、研究の進捗状況にやや遅れが出た。しかし、ズームやSNS等を利用することにより現地社会と連絡を取りつつ調査を進めるとともに、関連文献やこれまでに収集した調査データを利用して研究を進めることができた。
2019年度活動報告
(1)2019年6月に研究計画全体を検討する研究会(大阪)、2020年2月に同年度の調査成果および次年度計画に関する研究会(札幌)を実施した。
(2)研究代表者と各研究分担者はアラスカ地域と北米北西海岸地域の先住民社会に関する歴史・環境・言語に関する基本情報の収集を行うとともに、国内外で文献調査を実施した。
(3)研究代表者と研究分担者は現地で予備調査を実施した。岸上は2019年8月に約2週間、カナダのハイダ・グアィやバンクーバーなどで先住民社会の生業とアート制作、社会変化に関する調査を実施した。立川は2019年9月から10月にかけて約3週間、カナダ・バンクーバー島のキャンベルリバーなどで漁業への温暖化の影響や経済活動に関する調査を実施した。生田は2019年8月19日から9月24日まで米国アラスカ州の5つの町を訪れ、石油等の資源開発や環境・社会の持続可能性に関して米国連邦政府やアラスカ州政府、先住民政府、北極圏研究の専門家との意見交換や現地調査を行った。近藤は2019年夏に正教会とアラスカ先住民の関係性に関する状況を把握するため、アラスカのクスコクィム川下流域で予備調査を実施した。手塚は2020年2月にカナダ歴史博物館(ガティノウ市)で、北米先住民族資料の調査とともに、展示表象の特徴と自然環境の変化がもたらした諸影響に関わる研究動向について調査した。また手塚は、複雑狩猟採集民の自然災害体験を社会的な脈絡とともに地理情報システムで処理し可視化するための手法を開発し、日本国内の被災地(奥尻島)で検証した。
(4)研究代表者や研究分担者は、2019年6月に日本文化人類学会(仙台)、8月に国際人類学・民族学会(ポーランドのポズナン)、9月にカナダ学会年次研究大会(鹿児島)、10月に第34回北方民族文化シンポジウム(網走)などにおいて本研究の構想や成果に関する発表を行った。