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移民の身体ポリティクス:インド舞踊のグローバル化とエージェンシー(2018-2022)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|国際共同研究加速基金(国際共同研究強化)

竹村嘉晃

目的・内容

移住はグローバル化が進む現代社会を特徴づける事象の一つである。本研究は、インド人の移民経験と彼らの身体性との関わりをめぐるポリティクスに着目し、そこに参与する複数のエージェンシーの実践と意味世界について、インド舞踊のグローバルな 受容動態と新たに生起する価値づけや意味の読み込みから総合的に研究するものである。とくに、インド舞踊がトランスナショナルに受容されるなかで、1)ホスト社会との相互交渉や文化政策を通じて〈ナショナル化/南アジア化〉する一方、2)実演家 の多国間の移動に伴って循環または〈インドに環流〉し、3)新たな人の流入による影響から〈宗教的空間に再文脈化〉され、4)かつメディアやテクノロジーとの接合を通じて変容あるいは〈新しいジャンルとして展開〉している実態について、インド・ 欧米諸国・東南アジアの事例を有機的に結びつけながら、実証的かつ全体関連的に解明することが本研究の目的である。

活動内容

2022年度活動報告(研究実績の概要)

新型コロナウィルスの世界的な感染拡大の影響によって、本年度は当初予定していたイギリスとシンガポールでの在外研究とフィールドワークを断念せざるをえず、国内での研究活動に従事した。具体的には昨年度までに実施した調査のデータ整理と分析を中心に進め、補足調査としてシンガポールのインド系舞踊家たちの活動状況に関するインタビューをオンラインで実施した。なかでも人の移動に伴う形で1950年代から60年代にかけてシンガポールにインドの舞踊が伝播・発展していった動向と、シンガポール独立前後の政治状況と連動する形で多文化主義を謳った芸能公演ピープルズ・バラエティ・ショーの実態について分析をすすめた。一方、新型コロナ感染症の流行下において、シンガポール国内におけるインド系舞踊団や教授機関にどのような影響がでているのか、政府の財政支援や感染対策、教室運営や公演活動の変容などについて定点観測をするためにその動向を把握した。くわえて、ナショナル・アーツ・カウンシルの支援のもとで開催されたオンラインの芸能公演や個人が発信するオンラインのトーク・セッションなどを参与観察し、劇場という場やそれを取り巻くエージェンシーを介さない、芸能公演および情報発信の新たなプラットホームの構築過程について考察した。
研究成果の一部は、共著として『世界を環流する〈インド〉』を刊行した他、みんぱく特別研究「グローバル地域研究と地球社会の認知地図―わたしたちはいかに世界を共創するのか?」研究会やシブ・ナダー大学(インド)とモナッシュ大学(オーストラリア)の共催による国際シンポジウム「Music and Social Affect: Building Genealogies of Music in Asia」でオンラインによる研究発表を行い、参加した国内外の研究者と意見交換や情報共有、本研究課題における問題点などの助言を得た。

2022年度活動報告(現在までの進捗状況)

本研究の進捗状況がやや遅れている理由には、新型コロナウィルスの世界的な感染拡大が続くなかで、本年度に予定してたイギリスでの在外研究とフィールドワークが海外渡航制限の発令などもあって実施できなかったことにある。これまでインドとシンガポールで調査を順調に進めてきており、実演家たちのグローバルなネットワークや実践活動の動態を把握してきている。今年度はスリランカ系タミル移民のグローバルなネットワークについて、インド・シンガポール・イギリスを結ぶつながりについて調査を進めようと計画していたが、コロナ禍でフィールドワークを行うことができなかった。一方、昨年度末に実施したオーストラリアでの短期調査で構築したネットワークを用いて、メルボルンを起点にスリランカ系タミル移民の動向について情報が少しずつ得られるようになり、インド・シンガポール・オーストラリアを結ぶつながりが見えつつある。それゆえオーストラリアでのフィールドワークで収集したデータを補足することで、実演家たちのグローバルなネットワークの一部を把握することはできている。
研究協力者とは個別での情報共有や意見交換をオンラインで進めてきた。ただ本研究の成果として開催を予定している国際シンポジウムにむけた枠組みなどの議論が未だ十分には進展していないのが今年度の課題として残っている。

2021年度活動報告(研究実績の概要)

昨年度と同様、新型コロナウィルスの感染拡大が深刻化し、かつ変異株の世界的な流行による影響から、今年度予定していたイギリスとシンガポールでの在外研究とフィールドワーク(2020年度の実施計画分)を断念せざるをえなかった。その一方で、年度当初からフィールドワークの実施が不透明であったことから、これまでの調査で収集した資料とデータを整理・分析ならびに文献研究を進め、その成果を論文にまとめることで研究の進展を図った。具体的には、ケーララ出身のインド人舞踊家のライフヒストリーと多文化主義の影響をうけた創作活動について考察した論文(三尾稔編『南アジアの新しい波・下巻』所収)とシンガポールにおけるラーマーヤナの受容動向と芸術文化政策やグローバルなインド人ネットワークとのつながりを検討した論文(福岡まどか編『現代東南アジアにおけるラーマーヤナ演劇』所収)をまとめ、それぞれ年度内に刊行された。
また、これまでの調査でインタビューを実施したインド系シンガポール人の実演家たちにオンラインで聞き取り調査を行い、コロナ禍での舞台活動や教授方法やクラスの運営面、生徒たちへの影響などの実態を把握するとともに、政府の支援策についてかれらの見解を考察した。インタビューを通じて得た知見をもとに考察をすすめ、2022年7月にポルトガルで開催される国際伝統音楽学会(ICTM)の世界大会にてパネルセッションとして発表を予定している。
くわえて、シンガポールの中華系とマレー系の舞踊・演劇を専門とする若手研究者とオンラインによる意見交換会を実施し、とくに芸術文化政策が具体化する以前(独立前後)の上演芸術をとりまく状況について、各コミュニテイの動態や歴史的過程を共有した。ここで共有した知見をもとにさらなる分析を進め、来年末に予定している国際シンポジウムで一つのパネルセッションとしてその成果を公表する予定である。

2021年度活動報告(現在までの進捗状況)

本研究の進捗状況がやや遅れた理由とは、昨年度と同様新型コロナウィルスの感染拡大と変異株の世界的な流行が続き、海外渡航制限が発令された影響から、予定していたイギリスでの在外研究とシンガポールでのフィールドワークを実施することができなかったことにある。その一方で、現地でのフィールドワークのかわりに、これまでに構築したネットワークを用いてオンラインによるインタビュー調査を進め、コロナ禍でのインド人芸能実演家たちの活動実態や芸能教授機関の運営状況や舞台制作活動などについて把握することができた。
また、今年度は、当初からフィールドワークを実施できる可能性が極めて低いだろうと想定し、文献研究を中心にこれまでの研究成果をまとめた論文の執筆を積極的に進めたことで、研究上の進展はある程度みられたといえる。また海外研究協力者とは個別での情報共有や意見交換をオンラインで進め、本研究の主題となるインド系ディアスポラと芸能をめぐるポリティクスについて、地域独自の状況を把握することができた。そこでの議論のもと、本研究の成果として開催を予定している国際シンポジウム(2023年3月予定)にむけた枠組みや各パネルのテーマと発表者について意見交換を進めることができた。

2020年度活動報告(研究実績の概要)

新型コロナウィルスの世界的な感染拡大の影響によって、本年度は当初予定していたイギリスとシンガポールでの在外研究とフィールドワークを断念せざるをえず、国内での研究活動に従事した。具体的には昨年度までに実施した調査のデータ整理と分析を中心に進め、補足調査としてシンガポールのインド系舞踊家たちの活動状況に関するインタビューをオンラインで実施した。なかでも人の移動に伴う形で1950年代から60年代にかけてシンガポールにインドの舞踊が伝播・発展していった動向と、シンガポール独立前後の政治状況と連動する形で多文化主義を謳った芸能公演ピープルズ・バラエティ・ショーの実態について分析をすすめた。一方、新型コロナ感染症の流行下において、シンガポール国内におけるインド系舞踊団や教授機関にどのような影響がでているのか、政府の財政支援や感染対策、教室運営や公演活動の変容などについて定点観測をするためにその動向を把握した。くわえて、ナショナル・アーツ・カウンシルの支援のもとで開催されたオンラインの芸能公演や個人が発信するオンラインのトーク・セッションなどを参与観察し、劇場という場やそれを取り巻くエージェンシーを介さない、芸能公演および情報発信の新たなプラットホームの構築過程について考察した。
研究成果の一部は、共著として『世界を環流する〈インド〉』を刊行した他、みんぱく特別研究「グローバル地域研究と地球社会の認知地図―わたしたちはいかに世界を共創するのか?」研究会やシブ・ナダー大学(インド)とモナッシュ大学(オーストラリア)の共催による国際シンポジウム「Music and SocialAffect: Building Genealogies of Music in Asia」でオンラインによる研究発表を行い、参加した国内外の研究者と意見交換や情報共有、本研究課題における問題点などの助言を得た。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況)

本研究の進捗状況がやや遅れている理由には、新型コロナウィルスの世界的な感染拡大が続くなかで、本年度に予定してたイギリスでの在外研究とフィールドワークが海外渡航制限の発令などもあって実施できなかったことにある。これまでインドとシンガポールで調査を順調に進めてきており、実演家たちのグローバルなネットワークや実践活動の動態を把握してきている。今年度はスリランカ系タミル移民のグローバルなネットワークについて、インド・シンガポール・イギリスを結ぶつながりについて調査を進めようと計画していたが、コロナ禍でフィールドワークを行うことができなかった。一方、昨年度末に実施したオーストラリアでの短期調査で構築したネットワークを用いて、メルボルンを起点にスリランカ系タミル移民の動向について情報が少しずつ得られるようになり、インド・シンガポール・オーストラリアを結ぶつながりが見えつつある。それゆえオーストラリアでのフィールドワークで収集したデータを補足することで、実演家たちのグローバルなネットワークの一部を把握することはできている。
研究協力者とは個別での情報共有や意見交換をオンラインで進めてきた。ただ本研究の成果として開催を予定している国際シンポジウムにむけた枠組みなどの議論が未だ十分には進展していないのが今年度の課題として残っている。

2019年度活動報告(研究実績の概要)

令和元年度は、シンガポール大学人文社会科学部南アジア研究プログラムに客員研究員として籍を置き、共同研究を推進すると共にシンガポールのインド芸能の発展に貢献した個人のライフヒストリー、独立前後の政治動向と芸能との接点、インド系舞踊家たちのグローバルなネットワークや海外との共同制作の実態について文献調査とフィールドワークから解明することを目的に研究に従事した。
フィールドワークはシンガポールのほかに、タイ(2019年5、7月)、スリランカ(同年12月)インド(2020年1月)で短期調査を実施した。そこでは、ASEANにおけるラーマーヤナの受容動向や国際的共同作品の制作過程、スリランカにおけるバラタナーティヤムの受容・表象をめぐる民族間の軋轢、インド系シンガポール人実演家たちのインドでのネットワーキングや公演活動の実態などが明らかになった。
当該年度は、国際学会やシンポジウムで積極的に研究発表を行った年でもあった。2019年7月にタイ(The 45th International Council for Traditional Music World Conference)、10月にアメリカ(The 48th Annual Conference on South Asia)、11月にシンガポール(The 3rd Asian Consortium of South Asian Studies Conference)、12月にスリランカ(UVPA International Research Symposium 2019)で研究発表を行い、参加した海外研究者と意見交換や情報共有、本研究課題における問題点などの助言を得たことはたいへん有益であった。最新の研究動向や概念をどのように本研究の課題と結びつけていくのか、理論的な枠組みの構築が今後の鍵となる。

2019年度活動報告(現在までの進捗状況)

執行2年目となった本年度は、共同研究の受け入れ先であるシンガポール大学での研究活動とフィールドワークに多くの時間を費やした。シンガポールでのフィールドワークを順調に進め、その成果を国際学会やシンポジウムなどで積極的に発表し、海外研究者との意見交換や情報共有、ネットワーキングなどができたことと、研究協力者との意見交換や問題意識の共有ができたことをふまえ、本研究の課題の進捗状況は概ね順調に進展している。
今年度の課題として残ったのは、研究協力者と個別での情報共有や意見交換はできたが、プロジェクト全体として枠組みを共有したり、全体を統一する概念の構築や議論の発展が十分に進んだとはいいがたい点である。

2018年度活動報告(研究実績の概要)

近年、世界に拡散するインド系移民コミュニティの芸能実践に関する研究が蓄積されつつあるが、それらは移民社会や実践者たちを集団として一括りにする傾向にあり、コミュニティ内の多様なエージェンシーがいかに芸能を実践・受容し、あるいは表し語るのか、さらには実践者を含むグローバルな人の移動やネットワークといかにつながりをもっているのかなど、今日のインド舞踊をめぐる複雑かつ多元的な位相に対する十全な理解が提示できていない。
本研究の目的は、マルチ・サイト民族誌のアプローチを芸能研究に導入することで、シンガポールを基軸としたインド・東南アジア・欧米諸国の動向を有機的に結びつけながら、インド系移民たちの経験やその意味世界をめぐる身体ポリティックスについて、インド舞踊のグローバルな動態とそれを取り巻く複数のエージェンシーから多角的に分析し、かつ体系的・総合的に理解することである。
今年度はインドとシンガポールで現地調査を行った。インドでは実演家たちのグローバルなネットワークと彼らの活動状況を把握し、移民社会とつながるエージェンシーの動態について描写・分析した。シンガポールでは、インド系移民社会とインド舞踊の発展に関する歴史的な経緯について文献研究を中心に進めた。
とくに独立期の1960年代前半に多文化主義を啓蒙する一環として政府が主導した文化イベントのAnenka Ragam Rayattuに着目し、関連資料の収集と出演者へのインタビューを行い、インド舞踊がシンガポールの「ナショナル」なものとして位置づけられていった過程を描写・分析した。また、インド系移民コミュニティの
歴史的な動態と2000年代に入ってから顕著にみられる多様な出自をもつ「新移民」の動向についても考察を進めた。

2018年度活動報告(現在までの進捗状況)

シンガポールとインドで共同研究者と意見交換を行い、研究の基本的な枠組みや方法論を共有することができた。また、インドでのフィールドワークを通じて、芸能実演家たちが世界中に拡散したインド系移民コミュニティといかにしてつながっているのか、かれらのネットワークの実態と公演活動の動向を把握することができた。