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個別文化の標準化問題に関する文化人類学と会計学の学際的共同研究(2017-2023)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|挑戦的研究(開拓)

出口正之

目的・内容

現代社会は、世界標準的なモノサシによって評価や監査を行うことが蔓延してきている。この問題に対して会計学者のMichael Powerは「認定の儀礼」(國部克彦・堀口真司の邦訳では「検証の儀式化」)という副題をわざわざ入れて『監査社会』を著し、それを受けた形で文化人類学者のMarilyn Strathernが『監査文化』を世に問い「監査」をめぐる課題が会計学・文化人類学にとってグローバル化を挟んで共通する大きなテーマであることが明示された。しかし、両学問の壁は大きく、その壁を取り除くことはできていない。そこで、本研究は普遍化と個別化の問題が顕著に出ている「非営利法人の複数の会計基準の標準化問題」の研究を契機として、文化人類学者と会計学者の知見を融合させ、評価・監査を重視する現代社会の「個別文化の標準化問題」を研究しうる新しい知を創出することを目的とする。

活動内容

2023年度実施計画

2022年度事業継続中

2022年度活動報告(研究実績の概要)

昨年度から、コロナによる社会変化に伴う研究手法の必然的変化に果敢に挑戦し、デジタル化、リモート化に対応すべく研究を行ってきた。それに加え、今年度はコロナのために長らく実施されてこなかった、国際会議、国際学会等がリアルでも開催され、それに参加することでこれまでにない大きな研究上の情報を入手することができた。特に5月末のPhilea(Philanthropy Europe Association フィランソロピー欧州協会)の会議においての研究上の情報収集、また、8月のカナダでの国際学会で研究発表を実施したこと等により、研究成果について、海外の研究者と意見交換ができたことが大きかった。とりわけ「ビジネスセントリズム」という概念の提出に支持が集まった。また、研究代表者は、6月後半に公益財団法人助成財団センター理事長(非常勤・無報酬)に選任されたことにより、本研究の主要対象である財団に直接接する機会が急激に増加したことから、研究自体が「アクションリサーチ」の方法を取り入れている。研究分担者が、研究成果を書籍として発表することもできて、着実な研究成果の公表の機会が得られた。他方で、カナダにおける学会発表も、学会中に現地でコロナのPCR検査を受ける必要があるなど、これまでの国際学会にはない苦労があった。また、研究計画については、コロナゆえに、オンラインやDXの現場に重点を置き、挑戦的研究(開拓)の研究費の柔軟性を最大限生かすような挑戦を繰り返し行うことができた。

2022年度活動報告(現在までの進捗状況)

コロナがあったことから、当初の計画とは違った形ではあるが、挑戦的研究(開拓)に相応しい、挑戦的研究に次々と直面している。特にオンラインの関係で海外とのネットワークが大幅に拡大したことが大きいと考えている。

2021年度活動報告(研究実績の概要)

今年度は、コロナの影響によって社会が大きくデジタル化、リモート化にシフトしたこともあって、挑戦的研究(開拓)の趣旨に沿って、従来とは異なる手法による研究を積極的に行った。具体的には、AVPN(Asia Venter Philanthropy Network)会議にオンラインで低廉で参加することができたほか、国際非営利会計財務報告(IFR4NPO)策定のプロセスにすべてリモートで参加することができたとともに、研究成果についてはオンラインで国際学会であるInternational Society for Third Setor Research(ISTR) において発表を行った。 こうしたことは、研究計画当初には想定できなかった事態であり、大いに研究が進展した。
また、VirtuaL Officeをオンライン上にセットし、研究ミーティングや打合せにも使用した。さらにZOOMによる外部を巻き込んだ、Webinarを開催するなど従来にはなかった手法をつかったことから、成果の発表法も従来の【論文=paper=紙】ではなく、出口正之・山岡義典「日本の現代フィランソロピー思想の原点」2022.3.1(研究挑戦としての動画発表:実験的「論動画」)として、アブストラクト、引用文献等をつけてYouTube動画として公表した。 これは挑戦的研究(開拓)であったればこそ、挑戦できたものと考えている。このようにコロナは研究手法や研究発表方法などに大きな影響を与えた。
他方で、アンチウイルスソフトは常に最新の状態に保っていたので全くの原因不明であるが、2月末からコンピューターウイルスの攻撃を受け、データが消去されるという事態に陥った。この点での研究の停滞は否めない。

2021年度活動報告(現在までの進捗状況)

コロナ化による社会の変化を研究手法の大変革の好機としてとらえ、オンラインで研究に生かせるものと考えるなどして活用するなどした結果、当初計画の会計学者と人類学者による連携したフィールド調査はできていないが、同趣旨のオンライン上の協力関係が構築できている。
また、研究成果の発表方法においても、【論文=ペーパー=紙媒体】が大きく変化すると考え、動画による研究成果発表方法の提案を行うことができた。なお、パソコンウイルスにより、科研データに損害が出ているが、研究遂行に大きな影響が現時点では生じていない。

2020年度活動報告(研究実績の概要)

1.いち早くオンライン研究体制を確立して、研究の遂行に支障をきたさないようにした。2.本研究は現代社会における非営利組織の「個別文化の標準化問題」を扱うが、研究テーマに恰好の対象となる世界事象が出てきた。それは非営利会計の国際標準化問題である。非営利会計の国際標準化のプロジェクトIFR4NPOがスタートして、研究代表者はこの国際プロジェクトに加わった。会合は全てオンラインであり、今年度5回の正規の研究会に参加した。グローバルな参加なので、日本時間ではたいてい深夜からの開催となることから、上記以外に3回の分科会が開催されいずれも参加した。3.AVPN(Asia Venture Network)のウェビナーに参加し、同システムの交流システムを活用することで、リアルに国際会議に参加する以上の効果が得られた。企画していた国際シンポジウムは、オンラインで実施したが、直前に中国と米国との間で一部のSNSの使用について政治問題化したために中国・台湾からの参加は見送らざるを得なかった。6.予定していた中国や台湾の訪問はコロナウィルスのために断念した。7.オンラインによるヒアリングを積極的に活用した。記録などは非常にとりやすいことがわかった一方、クラウドでの保存にコストがかかることも明らかになった。また、ヒアリング対象者に対して了解が得られたものについては、公開で行ったところ、200名を超える参加があり、これも新しい研究手法として、有効性について検討した。8.研究分担者の役割は変更せずに研究を遂行した。9.研究成果について『会計学と人類学のトランスフォーマティブ研究』(出口正之・藤井秀樹編)として上梓したことから、出口と藤井で「ブック・ローンチ・ビデオ」を作成。トランスフォーマティブ研究の意図を明確に語るなど、新しい研究成果の手法も模索した。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況)

会計学者と人類学者が一緒に融合調査を行うという点については断念せざるを得なくなったものの、全体として、コロナの影響を逆風ととらえることなく、トランスフォーマティブ研究の契機になりうることとして、オンラインでの研究方法を検討し、「挑戦的研究」にふさわしい試行錯誤を繰り返した。研究成果として出版した『会計学と人類学のトランスフォーマティブ研究』(出口正之・藤井秀樹編)は、日本で初めて「トランスフォーマティブ研究」をタイトルに入れた日本語書籍ではないかと思料している。同書の出版に伴うブック・ローンチ・ビデオも、「ブック・ローンチ・ビデオ」と銘打ったのも本邦初と考えている。こうした点からも、挑戦的研究(開拓)の趣旨に照らして、当初の計画に比して極めて順調に進展していると自負している。

2019年度活動報告(研究実績の概要)

【理念的フィールドにおける研究活動】3回実施する計画にあった連続研究会を4月、12月、2月に実施した。本研究会を通じて実務者連携の情報交流ネットワークを作り上げようとしていたが、この点については十分に実現していない。
また、日本の非営利組織(財団・社団)が他国とどのように異なるかについて、当初予定のヨーロッパ財団センター会議(5月、パリ)については、予定通り実施した。また、中国財団センター訪問調査については、次年度へ変更するとともに、台湾の財団への訪問調査(12月)へと切り替えて実施した。
【空間的フィールドにおける研究活動】融合調査としてフランスの農業組織や非営利組織に3月3日より宇田川を除く全メンバーが訪れる予定であったが、新型コロナウイルスのフランスでの急激な蔓延のために、急遽、竹沢だけが出張を行った。また、期間中に訪問予定のl’IAE de Paris – Sorbonne Universityとの間でZOOMによる研究会を実施した(3月10日)。これは本科研プロジェクトで最初に行ったZOOMでの会合となり、コロナ下で大幅に研究計画の変更を強いられる中で、新しい研究会のスタイルの実験ができた。会計学者と人類学者が同じフィールドを訪問するという融合調査の目的は達せられなかったものの、直前までフランス側と入念な研究情報交換が行えたので、調査延期に伴う影響は最小限にとどめることができた。融合調査については、年度を跨いで延期したものの、コロナの影響で結局調査は断念した。
【研究成果発表】についてはAJJ,ISTR<非営利法人研究学会の三つの学会での発表という計画は計画通りに実施した。

2019年度活動報告(現在までの進捗状況)

新型コロナウィルスによって会計学者と人類学者の融合調査は断念することになったが、調査の準備段階で十分な交流が行われた。調査はあくまで手段であり、その点で概ね研究目的は達成しつつある。また、早い段階からオンラインを積極的に活用することができたので、日々コロナ下における新しい研究方法は何かについて検討が進んでいる。
また、非営利組織を企業を研究してきた概念だけで理解することの限界が見えてきており、そのことを「ビジネスセントリズム」という新概念で説明が可能となってきた。また、本チームの研究方法を「トランスフォーマティブ研究」として捉え、そのための「領域設定総合化法」が少しづつであるが、表現可能となってきている。

2018年度活動報告

本年の研究計画は、共同研究体制がほぼ組まれることがなかった文化人類学者と会計学者が、文化人類学者のフィールドにともに出かけることを主眼としていた。研究協力者として文化人類学者である太田心平国立民族学博物館准教授を起用し、そのフィールドである米国・ニューヨークへ、太田の他、出口、藤井、尾上の合計4人で調査を行った。アメリカ自然史博物館(米国IRC501(c)3団体)について、IRSのForm990を会計学者と面接したほかアメリカ自然史博物館の文化人類学部長、文化人類学部の職員(公認会計士資格取得者)に対する調査を行うことができた。
同人類学部長の反応は気になったところであるが、平素、出張費の精算等で事務部門と衝突することもあり、「大変面白い研究」と評価を頂いた。とりわけ、アメリカ自然史博物館では、旅費精算の電子化が検討されているが、現在ではアナログベースの出張清算であり、用紙も持ち帰ることができた。アナログの会計資料の収集も今行っておく必要性も感じた。
また、非営利セクター全体に影響を与える休眠預金活用についての研究を進展させ、アクション・アンソロポロジーとして積極的に係った。様々な非営利法人の会計基準が企業会計の影響を受けた損益計算書となっているのに対して、休眠預金活用のための指定活用団体の会計は役所のチェックが可能なことが理由と考えられるが、収支計算書となっていることなどの影響が、実際の活動を通じて明らかになった。
また、会計の問題をアプローチするための人的なネットワーク形成のため、公益法人を対象とした研究会を1回開催するなど試行錯誤を繰り返しながら研究を行った。

2017年度活動報告

1年目から思った以上の業績を発表し、また、反響を得ることができた。本研究は挑戦的萌芽研究(2015-2016)の後継研究であり、決定時期が夏場で1年間の期間はなかったものの想定以上のスタートが切れた。ジンバブエのハイパー・インフレーションを研究していた人類学者と公益法人会計を研究していた会計学者に研究協力者として加わってもらった。その結果、人類学者が持ち帰っていた何気ない新聞に記載されていた「未監査」の状態の決算報告書が、ジンバブエも「国際財務会計基準」に従っているはずだという認識の会計学者の常識を打ち破る重要標本であることを「発見」することができた。従来、接点がないと思われていた両学問だけにその遭遇だけで思わぬ効果が生まれたのである。
実績も順調で英国の会計学者と研究代表者による国際共著論文1本をはじめ、重要なジャーナルに論文が掲載されたほか、歴史ある「日本会計研究学会」で、会計学者と文化人類学者からなる共著論文を発表することができた。「日本会計研究学会」で文化人類学者が発表したのは初めてのことと理解している。
また、会計学の研究分担者は、MBA(ビジネス修士号)の授業において、ジンバブエの人類学者の研究やインドネシアのトーライ人貝貨貨幣についての人類学の研究を早速授業に取り入れた。また、非営利の会計を考えるときに、マジョリティである企業を前提にする見方が人類学者からはエスノセントリズムと同様の思考形態にあることがわかり、現代社会の企業中心の見方を「企業中心主義的思考」=「ビジネスセントリズム」として捉えることとした。
トランスフォーマティブ・リサーチの1つとして、研究を実施し始めたが、グローバル化を挟んで対極にあってほとんど接点のなかった両学問が出会うことでこの ような効果が出てきたことに驚いている。