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モノをとおしてみる現代の宗教的世界の諸相

研究期間:2017.10-2020.3

八木百合子

キーワード

宗教、モノ、信仰

目的

本研究は、宗教的なモノに焦点をあて、今日の宗教の展開について比較検討を行うものである。近年、産業化やグローバル化の加速を背景に、宗教的な領域における商品化もかつてないほど急速に進んでいる。以前は特定の地域や信仰者のあいだでのみ崇拝あるいは使用されてきた聖なるモノでさえも、その複製品が大量に世に出回り、時には信仰を異にする人びとの手にまで拡散している。こうしたモノの新たな受容をとおして、それまで見られなかったスタイルの信仰や実践が生み出されるなど、宗教的な領域におけるモノの存在やその動向は、現代の宗教的世界のあり方を理解するうえで看過できない。
本研究では、世界宗教を主とする複数の宗教を事例に、近年拡大するモノの生産や流通の局面を見据え、それが各地に及ぼすさまざまな影響を浮かび上がらせ、宗教的領域におけるモノの役割、モノを介した信仰の現代的諸相について考える。またここでは、聖像、宗教画、呪具など信仰の対象であるモノだけでなく、宗教的文脈において単に儀礼の装置とみなされてきたようなモノ(祭具、音具、儀礼用具、宗教構造物など)も視野に入れ、人・モノ・信仰の諸関係について考察を深める。

研究成果

本研究では、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教、民俗宗教に関するメンバーの事例報告にもとづき、教義的な次元から実践レベルにいたるまで、異なる地域における宗教的なモノをめぐる状況について比較検討をおこなった。これにより、それぞれの宗教におけるモノの位置けについての理解を深めると同時に、宗教間の相違だけでなく、同じ宗教にみられる地域的な偏差等、モノをとりまく実態の基本的な枠組みをつかんだ。
それをふまえたうえで、とくに近年のモノの生産・流通・消費の拡大にともない、世界各地に拡散する宗教的なモノとそれをめぐる各地の状況に焦点をあてることで、宗教的な領域におけるモノをとりまく現代的な諸課題を浮き彫りにした。なかでも注目すべき点として、つぎの二つの問題群を抽出し議論を深めた。
①モノの複製化をめぐる問題:神々のイメージの現地化、ポピュラー化など多様なイメージが生成されるとともに、さまざまな次元での商品化が進んでいる点。また、宗教的なモノがあふれることにより、その処理や転生をめぐる問題が生じる一方で、集積されたモノが神々の聖性を高める効果を発揮する側面なども見出された。
②モノの変化や物質性とかかわる問題:とくに近年宗教的な領域に進出するデジタル媒体など新たなメディアの出現や、日常的なモノに代替され広まる宗教的な実践など、モノとそれに関わる実践面の変容があげられる。また、宗教的な領域におけるモノの役割として、見えないもの=神々のイメージを可視化する側面だけでなく、聴覚、嗅覚、触覚などさまざまな感覚へ及ぼす作用など、物質性と感覚といった点に注目する重要性も浮かび上がってきた。
以上のように、本研究会では、人類学を中心にしながらも、美術史や音楽学など隣接分野の知見を交えることで、宗教的な文脈で用いられるさまざまなモノとそれをめぐる実践の様態について、多様な側面からとらえることが可能になった。

2019年度

本年度は共同研究の最終年度にあたる。これまでのメンバーの報告および研究会での議論から立ち上がった課題ならびに重要テーマについて重点的に議論をおこなう。具体的には、物質と聖性の二分化の問題、宗教的なモノの行く末と処理の問題、モノの蓄積と聖性の関係などについて議論し、宗教的なモノをめぐる現代的な諸課題を検討する。
研究会は、年度を通じて全部で4回の開催を予定している。本年度はじめには、メンバー全員が各自のテーマ報告を終えることを目指す。後半からは、研究成果の刊行に向けた準備をすすめるべく、各メンバーの報告内容について議論を詰めていく。

【館内研究員】
【館外研究員】 小西賢吾、田村うらら、鳥谷武史、中川千草、長嶺亮子、丹羽朋子、野上恵美、福内千絵、古沢ゆりあ、笠井みぎわ、二ツ山達郎
研究会
2019年5月25日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
丹羽朋子(国際ファッション専門職大学)「紙にうつされた不可視/不在のかたち――中国剪紙の事例から」
山越英嗣(早稲田大学)「聖像がつむぐ抗議運動の記憶――オアハカのストリートアートとアクチュアリティの共鳴」
全体討論
2019年6月29日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
中川千草(龍谷大学)「呪いと祈りのバリエーション–ギニア共和国・沿岸地域における『災因論』を例に」
全員報告・討論「呪術的な力とモノ」
全員「今後の研究会のすすめ方について」
2019年10月5日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
全員 研究成果公開に向けた打合せ
小倉美恵子(ささらプロダクション)「うつし世の静寂(しじま)に」上映・作品解説
全員 全体討論
2019年10月6日(日)10:30~16:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
全員 研究成果公開に向けた打合せ
八木百合子(国立民族学博物館)「趣旨説明」
鳥谷武史(金沢大学)「日本のまじないについて」
小倉美恵子(ささらプロダクション)「オオカミの護符――里びとと山びとのあわいに」上映・作品解説
総合討論
2019年12月7日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
全員 研究成果公開に向けた打合せ
全員 今後の予定について
2020年1月25日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
全員 成果出版の構想についての討議
研究成果

本年度は、通常の研究会の開催と並行して研究成果公開についての打合せをおこなった。また、関連分野の外部の講師を2名を招聘し、研究課題に関する議論を深めた。10月には、公開研究会を催し、日本の宗教的なモノをめぐる動向について、関連する映像作品の視聴をおこなうとともに、撮影者による報告や一般参加者の意見も交えて検討をおこなった。
研究成果に関する討議では、代表者が提示した論集の構想案にもとづき、目次の枠組みをつくった。それに従い、これまでの報告や議論を踏まえながら、各自の論考の方向性について調整をおこなった。とくに、研究期間をつうじて見出された論点を整理していくなかでは、モノの複製化にまつわる問題(神々のイメージの現地化、ポピュラー化、商品化、モノの蓄積と転生)や物質性の変化にかかわる問題(代替メディアの役割、視覚以外の感覚への働きかけ等)など、宗教的なモノをめぐり世界各地で生起している現代的な諸課題が浮き彫りになった。これらの点は各地の事例をもとに成果論集のなかで考察を深める予定である。

2018年度

本年度は研究会を3回開催する。昨年度のキリスト教の事例につづき、本年度は仏教、ヒンドゥー教、イスラム教の事例をもとに、各宗教におけるモノのあり方とその現代的諸相について検討をおこなう。また、宗教による比較検討をすすめるだけでなく、立体的なモノ(像)と平面のモノ(画)、宗教構造物/装飾、祭具/儀礼用具など、対象とするモノの相違にも着目することで、宗教的なモノの特徴やモノと信仰との関わりについて多角的な分析・考察をおこなうことを目指す。これに加えて、宗教的なモノに関する視野を広め、議論を深めるために、年度後半には本課題と関連するテーマを扱う特別講師を招へいする予定である。

【館内研究員】
【館外研究員】 小西賢吾、竹村嘉晃、田村うらら、鳥谷武史、中川千草、長嶺亮子、丹羽朋子、野上恵美、福内千絵、古沢ゆりあ、笠井みぎわ
研究会
2018年5月19日(土)13:00~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
◇テーマ「図像(イメージ)と信仰――美術・文化史の視点から」
鳥谷武史(金沢大学)「異形の神が持つモノ――日本の中世社会と弁才天の図像に着目して」(仮)
福内千絵(関西学院大学)「イメージをめぐる現前と不在――プージャー儀礼の実践から」
古沢ゆりあ(滋賀県立近代美術館)「図像(イメージ)の越境と変容 近現代アジアにおける民族衣装を着た聖母像の誕生」(仮)
全員「総合討論」
2018年10月27日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
◇テーマ「イスラーム世界におけるモノの現在」
田村うらら(金沢大学)「トルコ絨毯の軌跡と信仰実践信仰実践:寄進と礼拝を中心に」
二ツ山達朗(平安女学院大学)「ムスリムの日常空間におけるクルアーンの物質化――チュニジアにおける室内装飾具の事例から」
全体討論
2019年1月26日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
◇テーマ「仏教の実践におけるモノ」
長嶺亮子(沖縄県立芸術大学)「信仰実践のための音楽としての電子念仏機――中国仏教における音とモノの事例から」
小西賢吾(金沢星稜大学)「つながりを作るモノ――チベットの宗教実践の事例から」
全体討論
2019年2月23日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
◇テーマ「新大陸に渡った“レタブロ”の軌跡」
八木百合子(国立民族学博物館)「アンデスの箱形祭壇――モノのポータビリティと信仰」
高木崇雄(日本民藝協会)「メキシコの奉納画、その役割――信仰・革命・美術」
全体討論
研究成果

仏教、イスラム教、キリスト教(カトリック)をはじめ世界宗教を中心に、各宗教におけるモノの扱いや位置づけに関して、各メンバーが事例をもとに報告をおこない、教義的な解釈と人びとの実践上の実態について理解を深めたほか、神々を扱った図像や彫像を分析する美術史および文化史専門のメンバーの報告をもとに、図像(イメージ)と信仰のかかわりおよびその変遷などについて議論をおこなった。こうした報告をつうじて、①これまで議論の前提としてきた、物質と聖性を二分化することの見直しや、モノをめぐる現代的な問題として、②宗教的なモノの処分や転生、③モノの蓄積と聖性のかかわり、さらに、④ヴァーチャル空間における神々の出現や神具および宗教実践の代替装置の出現といった進化するテクノロジーの影響についてなど、複数の論点が浮かび上がってきた。また、目に見えないモノを感じ取る聴覚・触覚・嗅覚等の感覚への注目など、現代の宗教的世界をとらえるための新たな視点が見いだされた。これらの点については、次年度の研究会で議論を深化させ、最終成果として結実させる予定である。

2017年度

初年度の研究会では、代表者による趣旨説明を通じて、共同研究の枠組みおよび問題意識について各メンバーによる理解と共有を目標とする。そのうえで、各自の研究分野のこれまでの研究をふまえた対象へのアプローチ方法について検討を行う。

【館内研究員】
【館外研究員】 笠井みぎわ、小西賢吾、竹村嘉晃、田村うらら、鳥谷武史、中川千草、長嶺亮子、丹羽朋子、野上恵美、福内千絵、古沢ゆりあ
研究会
2018年1月20日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
八木百合子(国立民族学博物館)「趣旨説明」
笠井みぎわ(総合研究大学院大学)「巡礼と観光の町で生まれたアッシジ刺繍について」
野上恵美(神戸大学)「宗教的なモノの役割に関する一考察――在日ベトナム系カトリック信徒とベトナムにおけるカトリック信徒の事例から」
2018年1月21日(日)10:00~13:00(国立民族学博物館 第1演習室)
古沢ゆりあ(滋賀県立近代美術館)「聖画像崇敬における図像と実践――フィリピンの事例から」
八木百合子(国立民族学博物館)「モノがつなぐ信仰――ペルーにおける聖像をめぐる実践から」
研究成果

初年度の研究会では、代表者による趣旨説明をつうじて、研究の目的および問題意識についてメンバー間で共有した。そのうえで、各メンバーが本研究課題にかんして取り組む個別研究について簡単な報告をし、研究会全体の今後の指針設定をおこなった。
また、初回の研究会では、キリスト教世界におけるモノについて4名が発表をおこない、イタリア(笠衣)、フィリピン(古沢)、ベトナム(野上)、ペルー(八木)の事例にもとづく比較検討をおこなった。それぞれ対象とするモノは異なってはいるものの、現象の比較と他宗教を専門とするメンバーとの意見交換をつうじて、カトリック諸国におけるモノの扱いにかんして共通する要素を見出すことができた。