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シンドバード航海記の成立過程と多元的価値共創文学の可能性に関する物語情報学的研究(2017-2022)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(B)

西尾哲夫

目的・内容

シンドバード航海記はアラビアンナイトで最も有名な物語のひとつだが、その形成過程は未解明である。同物語は、ヨーロッパに初めて翻訳紹介されたガラン版アラビアンナイトの底本となったガラン写本には含まれていない。また、近世以後のエジプトで編集された標準写本群には入っているが、シリアで編集されたと思われるアラビアンナイトの原型には含まれていなかったと思われる。さらに物語としての成立時期、アラビアンナイトに採録された過程も謎である。
本研究では、新たに発見された、キリスト教徒の伝承による従来の標準版とはまったく異なる写本を含めた全写本テキストの相互関係を精査して、シンドバード航海記の成立過程を再検証し、異文明間を往来しつつ結節点を創出したアラビアンナイトの研究を足掛かりとして多元的価値世界への可能性を探る。

活動内容

2022年度活動報告(研究実績の概要)

本研究ではシンドバード航海記の成立過程に関する以下の研究項目を実施した。
1 写本の収集とその分類にかかる項目として引き続き英国図書館所蔵写本およびフランス国立図書館所蔵写本を分析対象として書誌的データベースを作成し、あわせて関連エピソードを含む物語写本の情報収集をし、アラビアンナイト所収のシンドバード航海記に関する書誌的データベースを作成した。
2 写本の校訂にかかる項目として引き続きアレッポ・シリア正教会とトルコ・マルディン教会所蔵ガルシューニー写本の校訂ならびにペティス・ドラクロワ訳仏文写本(クリーブランド州立図書館ならびにバイエルン図書館蔵)の校訂を実施した。
3 物語構造とその相関関係の分析にかかる項目として、ガラン版シンドバード航海記ならびにカルカッタ第二版等のいわゆる標準エジプト系伝承の物語構造との比較をおこなうために物語情報の整理を引き続きおこなった。
4 研究成果にかかる特筆すべきこととして、シンドバード航海記の新写本の発見と形成過程への新仮説を提出した。国際的な共同研究の成果である欧文論集『Sur la notion de culture populaire au Moyen-Orient : Approches franco-japonaises croisees』に寄稿した「L’Histoire de Sindbad le Marin est-elle de la litterature populaire? : Une approche nouvelle des relations entre tradition litteraire et culture populaire au Moyen-Orient」で、従来の標準版とはまったく異なるキリスト教徒の伝承による写本を発見し、まったく別のC系統が存在することを新たに明らかにした。

2022年度活動報告(現在までの進捗状況)

キリスト教徒の伝承になるガルシューニー写本(シリア文字で書かれたアラビア語)を詳細に分析し、全写本テキストを分類し、相互関係をさぐることによってシンドバード航海記の成立と伝承過程をめぐる新仮説を提唱した。十七世紀以降のアラブ世界における民衆文学と文字文化をめぐる社会的位相の中で、総体としての文明的現象としてアラビアンナイトの形成過程をとらえなおさなければならないことを示した。
このようなシンドバード航海記の成立過程を再検証し、異文明間を往来しつつ結節点を創出したアラビアンナイトの研究を足掛かりとして多元的価値世界への可能性を探る研究は、地域研究における文学研究の地平を開拓するものであり、英文論集『The Personal and the Public in Literary Works of the Arab Regions』に寄稿した英語論文「Joseph-Charles Mardrus and Orientalism: Re-evaluating His Translation of the Arabian Nights in Light of New Findings from Mardrus’ Personal Archives」において、アラビアンナイト仏訳者マルドリュスの遺贈コレクションについて民博チームが独占的に進めてきた研究による新知見をもとにマルドリュスを再評価し、アラビアンナイトというグローバル文学が有する多元的価値共創文学の可能性を指摘した。文化的知識のグローバルな環流経路を探るにあたって西洋とりわけフランスが基点となってきた中東と日本の文化交流の様相に着目し、グローバル化論の新地平を開拓した。

2021年度活動報告

2021年度事業継続中

2020年度活動報告

2020年度事業継続中

2019年度活動報告

本研究ではシンドバード航海記の成立過程に関する以下の研究項目を実施した。
1 写本の収集とその分類にかかる項目として、引き続き英国図書館所蔵写本を分析対象として書誌的データベースを作成し、あわせて当該写本の熟覧調査ならびに関連エピソードを含む物語写本の情報収集をし、アラビアンナイト所収のシンドバード航海記に関する書誌的データベースを作成した。
2 写本の校訂にかかる項目として、引き続きアレッポ・シリア正教会とトルコ・マルディン教会所蔵ガルシューニー写本の校訂ならびにペティス・ドラクロワ訳仏文写本(クリーブランド州立図書館ならびにバイエルン図書館蔵)の校訂を実施した。
3 物語構造とその相関関係の分析にかかる項目として、ガラン版シンドバード航海記ならびにカルカッタ第二版等のいわゆる標準エジプト系伝承の物語構造との比較を行うために物語情報の整理を引き続きおこなった。
4 原テキストの復元にかかる項目として、データベース化したすべてのガルシューニー写本の分析をおこなうとともに、とくに各航海の物語展開の異同を分析するための物語構造にかかる情報整理をおこない、その成果を論文にした(刊行予定)。
5 研究成果にかかる特筆すべきこととして、『ガラン版千一夜物語』(岩波書店)の訳業は本邦における最初の全訳であるが、日本のアラビアンナイト受容だけでなく、中東研究や文学研究における一つの画期的な仕事として、代表的な新聞の文化欄や書評欄で高い評価を受けた。翻訳においてはフランス語原典初版(1705~1717)を底本としたが、18世紀に刊行された再版を網羅的に参照しただけでなく、ガランが底本とした15世紀のアラビア語写本(ガラン写本)と照合しながら作業を進めた。その意味ではフランス語文献学および中世アラビア語文献学の双方からガラン版を再評価することで、新たな発見や新たな研究テーマの開拓につながった。

2018年度活動報告

本研究ではシンドバード航海記の成立過程に関する以下の研究項目を実施した。
1 写本の収集とその分類にかかる項目として、英国図書館所蔵写本を分析対象として書誌的データベースを作成し、あわせて当該写本の熟覧調査ならびに関連エピソードを含む物語写本の情報収集をし、アラビアンナイト所収のシンドバード航海記に関する書誌的データベースを作成した。
2 写本の校訂にかかる項目として、アレッポ・シリア正教会とトルコ・マルディン教会所蔵ガルシューニー写本の校訂を実施した。ペティス・ドラクロワ訳仏文写本の校訂のための補助作業として、著者のペティス・ドラクロワの著作物に関する錯綜した状況を整理し、その成果をフランス語論文として刊行した。
3 物語構造とその相関関係の分析にかかる項目として、ガラン版シンドバード航海記ならびにカルカッタ第二版等のいわゆる標準エジプト系伝承の物語構造との比較を行うために物語情報の整理を引き続きおこなった。
4 原テキストの復元にかかる項目として、校訂したアレッポ・シリア正教会所蔵ガルシューニー写本の分析を行なうとともに、とくに第7航海の物語の異同を分析するための物語構造にかかる情報整理をおこない、その成果を発表した。
5 研究成果をめぐる研究者との共有化の推進とその国際発信に関して特筆すべきこととして、平成31年2月に国際シンポジウムを開催し、国際シンポジウム「Polyphonie en littérature arabo-berbère de langue française(フランス語によるアラブ=ベルベル文学における多声/多言語性(ポリフォニー)」では、研究者だけでなくアラブ世界でフランス語による著作活動をしている作家を招聘し、グローバルな文学空間における個人の表象と多言語性をテーマにする問題提起となる発表をおこなった。

2017年度活動報告

本研究ではシンドバード航海記の成立過程に関する以下の研究項目を実施した。
1 写本の収集とその分類にかかる項目として、フランス国立図書館所蔵写本を分析対象として書誌的データベースを作成し、あわせて当該写本の熟覧調査ならびに関連エピソードを含む物語写本の情報収集をし、アラビアンナイト所収のシンドバード航海記に関する書誌的データベースを作成した。
2 写本の校訂にかかる項目として、アレッポ・シリア正教会所蔵ガルシューニー写本の校訂を実施した。ペティス・ドラクロワ訳仏文写本の校訂のための補助作業として、著者のペティス・ドラクロワの著作物に関する錯綜した状況を整理する作業をおこなった。
3 物語構造とその相関関係の分析にかかる項目として、ガラン版シンドバード航海記ならびにカルカッタ第二版等のいわゆる標準エジプト系伝承の物語構造と比較するために物語情報の整理をおこなった。
4 原テキストの復元にかかる項目として、校訂したアレッポ・シリア正教会所蔵ガルシューニー写本の分析をおこなうとともに、とくに第7航海の物語の異同を分析するための物語構造にかかる情報整理をおこなった。
5 研究成果をめぐる研究者との共有化の推進とその国際発信に関して特筆すべきこととして、平成30年3月に国際シンポジウムを開催し、アラブ地域の文学作品、特に詩における個と社会の位置づけと形成を探究した。本シンポジウムでは、アラブ古典詩研究の泰斗であるスザンヌ・ステケヴィチ(ジョージタウン大学教授)による「古典と現代アラブ詩における私的・政治的インターフェイス」と題する発表をはじめ活発な議論がおこなわれ、アラブ地域の文学を通して、個と社会の多様な交渉によって生じる調和と対立を浮き彫りにすることで、多元的価値を見いだしていく新しい手法や観点を提示した。