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社会をつくる芸術:「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」の人類学的研究(2016-2021)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究(B)

登久希子

目的・内容

近年、貧困や紛争、気候変動、移民、過疎化といった「社会的な問題」に関わる芸術実践が世界各地でみられるようになってきた。「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」と呼ばれるそれらの試みは、「社会的な問題」の表象というよりむしろ何らかの現実的な変化や解決策の獲得を目指す芸術である。プロセスを重視し、近代西洋的な意味での「芸術」からは乖離していくように見えるそれら同時代の「社会的」な芸術実践は、完成した作品を前提とする既存の芸術の分析枠組みでは十分に論じることができない。「社会」を志向する芸術実践を論じるために、既存の「社会」と「芸術」概念を再検討し、フィールドワークに基づいた人類学的な芸術研究の方法論を提示することが本研究の目的である。

活動内容

2021年度活動報告(研究実績の概要)

本研究は、欧米を中心に「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」やソーシャル・プラクティスと呼ばれる参加型のアート実践の分析を通して、フィールドワークに基づいた人類学的な芸術研究の方法論を提示し、既存の「社会」と「芸術」概念の再検討を行なってきた。
初年度から2年目は、文献研究に加えてフィールドワークを重点的に行なった。イギリスを中心に活動するポーランド出身の女性アーティストによるアートプロジェクトやニューヨークから始まり世界各地で行われてきた憲法を書き写すワークショップなどの参与観察を行なったほか、社会的なアート実践に関わりの深い現地のアーティストやキュレーター、研究者へのインタヴュー調査を実施した。研究期間の後半は、コロナ禍の影響もあり国内・国外の調査が困難になったため、オンライン中心の聞き取り調査や、オンライン上で行われるアートプロジェクトを調査したほか、コロナ禍におけるアートの社会的な位置づけに関する言説の国際比較を行なった。
ニューヨーク、ポーランド、日本という異なる地域でフィールドワークを行うことで、例えばポーランドの場合、アートに「社会的な」役割を求める若手作家の多くが「批評的美術」として知られる一世代上のアーティストたちの社会・政治批判的な芸術実践を参照にしつつ、それを越えようとする試みを行っていることが明らかになるなど、グローバルな現代美術の文脈において「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」と呼ばれる個別の実践のローカルな文脈における位置づけと、ローカルな視点からしか見えてこない作品/プロジェクトの意味やあり方の重要性を確認した。また本研究を通して、参加者の制作プロセスへの関わりを前提とする社会的なテーマをもった「参加型アート」が、西洋近代的な芸術という概念における矛盾と葛藤に関係していることが明らかになった。

2020年度活動報告(研究実績の概要)

本研究は、現代美術の文脈において「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」や「ソーシャル・プラクティス」と呼ばれてきた「市民」の参加や協働を重視するアート実践を人類学的に再検討することを目的としてきた。現代美術における作品形態は、絵画や彫刻といった従来的な物質性を備えた「もの」とは限らず、とくに「もの」より「こと」として言い表されるような実践が注目されるようになって久しい。本研究では、そのようなタイプの試みのなかでも、とくに参加者の存在が作品として成立するプロセスにおいて必須のものを取り上げ、アート的な状況がいかに立ち上がっていくのか、どのような「社会」がそこで構想されているのかをフィールドワークを通して人類学的に検討することを目指してきた。
本年度は最終年度として①追加のフィールドワークと②研究成果の取りまとめとして関係者を招いたシンポジウム、報告書の出版を予定していたが、コロナ禍により育児休暇の実質的な延長を余儀なくされたこと、国外調査を遂行できなかったことにより、コロナ禍における研究遂行及び実績公開の方法の再検討、文献研究、オンラインでの学会発表、研究会への参加といった研究活動に集中することになった。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況)

「やや遅れている」とした理由は、令和2年度に予定していた①追加のフィールドワークと②研究成果の取りまとめとして関係者を招いたシンポジウムと報告書の出版が、コロナ禍における海外調査の困難と、育児休暇を終えて入園予定にしていた保育園がコロナ禍の影響で消滅し、十分な研究のための時間を確保することが困難になったためである。

2019年度活動報告

本研究は、現代美術の文脈において「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」や「ソーシャル・プラクティス」と呼ばれる参加型のアート実践を人類学的に再検討することを目的としている。現代美術における作品の形態は、絵画や彫刻といった従来的な「もの」とは限らない。とくに「もの」より「こと」として言い表されるような作品が注目されるようになって久しい。本研究ではそういったタイプの作品の中でも、とくに参加者の存在が作品として成立するプロセスにおいて必須の取り組みにを取り上げ、芸術の生成をフィールドワークで得たデータに基づき人類学的に論じることを目指してきた。
最終年度として①追加のフィールドワークと②研究成果の取りまとめおよび発表を予定していたが、研究代表者産前産後および育児休暇取得のため中断している。復職後、早急に研究を再開する。

2018年度活動報告

本研究は、現代美術の文脈において「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」や「ソーシャル・プラクティス」と呼ばれる実践を人類学的に再検討することを目的としている。現代美術における作品の形態は、絵画や彫刻といった従来的な「もの」とは限らない。とくに「もの」より「こと」として言い表されるような作品も多い。ここでは、そういったタイプの作品が作品として成立するプロセスに着目し、芸術の生成を人類学的に論じることを目指してきた。本研究で取り上げるような作品は、美術史や美術批評においても近年盛んに議論がなされ、とくに評価と分析のあり方が問題化されてきた。人類学的な観点からそのような議論に新たな視座を提供することを目指し、参加型アートのプロセス重視のあり方を芸術作品の譲渡不可能性という点から再検討している。
2018年度は文献研究、2016年度から継続して調査をしているアーティストにたいするインタヴュー調査を実施するとともに、研究会における発表を計4回と文化人類学会全国大会における分科会発表を行った。その後、分科会参加者で投稿論文を準備中である。これらの成果をとおして、西洋近代的な芸術のまわりで生じる矛盾と葛藤のあり方とその根拠について考察をつづけている。

2017年度活動報告

本研究は、現代美術の文脈において「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」や「ソーシャル・プラクティス」と呼ばれる実践を事例に、社会や芸術といった概念を人類学的に再検討することを目的としている。本研究で調査してきた事例はいずれも、作品/プロジェクトの完成に複数の参加者を必要とするような実践、つまり参加者が身体的・実際的に関与することで作品が成立する「参加型アート」と位置づけることができる。それらの取り組みが、従来的な「もの」としての作品といかに異なるのか、またどのように同じ問題を共有しているのかを論じるため、贈与論の先行研究と昨今の「もの」研究の議論を再検討している。
2017年度は文献研究に加えて、ニューヨーク、ポーランドおよびインドネシアにおいてフィールドワークを行なった。ニューヨークとポーランドでは特定のアートプロジェクトに関する参与観察、アーティストおよび参加者へのインタヴュー調査、そして資料収集を行なった。ポーランドの調査先のプロジェクトとアーティストがインドネシアにおいて展覧会を開催したことから、ジャカルタとジョグジャカルタで関係者にインタヴュー調査を行なった。これまでの研究を通して、参加者の制作プロセスへの関わりを前提とする「参加型アート」が、西洋近代的な芸術という概念における矛盾と葛藤に関係していることが明らかになりつつある。

2016年度活動報告

本研究は、ソーシャリー・エンゲイジド・アートやソーシャル・プラクティス等と呼ばれる近年の参加型のアート実践を事例に、「社会」および「芸術」という概念を再検討することを目的としている。プロセスを重視し、物質的な「もの」としての作品制作を必ずしも前提としないそれらの実践は、近代西洋的な意味でのアートからは一見乖離していくかのように見える。完成した作品を前提とする既存の芸術の分析枠組みでは十分に論じることができないそれらのアート実践について、本研究はフィールドワークに基づいた人類学的な芸術研究の方法論を提示することを目指している。
初年度は文献研究に加えてポーランドにおける短期調査と東京における継続的な調査を行った。ポーランドでは、現地のアーティスト、キュレーター、研究者へのインタヴュー、関連する資料の収集を行なうことで、アートに「社会的な」役割を求めるポーランドの若手作家の多くが「批評的美術」として知られる一世代上のアーティストたちの社会・政治批判的な芸術実践を参照にしつつ、それを越えようとする試みを行っていることが明らかになった。次年度以降は、実際のプロジェクトの参与観察を行っていく予定である。
東京においては、ソーシャリー・エンゲイジド・アートの文脈で語られるプロジェクトのフィールドワークを行い、いかにプロジェクトへの「参加」が実現されるのかを追った。とくに注目したのは「参加者」たちが自らの実践のどのような部分に「芸術」性を見出しているのかという点である。
「参加」すること、「社会」を見出すこと、ある行為が「芸術」であること、そしてそれぞれがいかにひとつのプロジェクトにおいて関係し合っているのか、今後の調査研究の中で引き続き考察していくこととする。