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中東地域における民衆文化の資源化と公共的コミュニケーション空間の再グローバル化(2016-2023)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(B)

西尾哲夫

目的・内容

「アラブの春」を主導した新興の都市部中流層が用いた「中間アラビア語」と呼ばれる新生の共通アラビア語は、新たなコミュニケーション空間を創出した。この空間では差異化された社会的アイデンティティ獲得をめぐり、グローバルな動向に感応する社会運動の場が確立しつつある。
本研究では、民衆、大衆、地域住民という概念の再構築を通じて彼らがグローバル化されたコミュニケーション空間に感応している状況を具体的に分析することによって、「中間アラビア語」が創出した公共的コミュニケーション空間において民衆文化が資源化されて公共性を獲得するプロセス、および個人が生きるローカルな生活空間とグローバルな社会空間が接合し、個々の人間の社会的動員作用として働くメカニズムを解明する。

活動内容

2023年度実施計画

2022年度事業継続中

2022年度活動報告(研究実績の概要)

本研究ではグローバル化と中東地域の民衆文化に関する以下の研究を実施した。
総合地球環境学研究所との共催で国際ワークショップ「「文明の生態史観」と地球社会」を開催した。また国立民族学博物館グローバル地域研究プログラム(グローバル地中海地域研究拠点・プログラム総括班)との共催で、国際シンポジウム「井筒俊彦の東洋哲学を再定置する」を開催した。また、これまでの議論の総括としての国際シンポジウムとして、The International Conference of Minpaku Special Project “Global Area Studies: Towards a New Epistemology for Mapping the Globalizing World”を開催した。くわえて一般向けに研究成果について広く周知するために、第40回人文機構シンポジウム『人類妄想進化論―文学はいかに地球社会を共創するのか?』を共同事業として開催した。
グローバル地域研究というものに関する理論的考察をおこなうとともに、人間の内面世界と地球規模の現象との関係性を扱う方法論的視座を模索した。グローバル化とデジタル化の急加速は、グローバルデジタル環境の出現、個人と地球社会の間の空間域の流動化、既存の価値(在来知や文明的価値)の資源化、社会の様々なアクターの地球社会の構成員化を生じさせている。地域性をミクロな人間の内面性やマクロなグローバル地域との連関で捉える視点をもちながら、異なる心性の人びとがどうやって違いをこえて地球社会の共創のために協働できるのかという問いに答えるためには、地域性をミクロな人間の内面性やマクロなグローバル地域との連関で捉える視点が必要となるが、既成の関連分野には方法論的視座がなく、本研究課題ではそのような未開拓な研究視座を開拓するための方向性を探ることができた。

2022年度活動報告(現在までの進捗状況)

グローバルな問題に感応して公共的コミュニケーション空間変容の外部要因として働く事例分析にかかる新たな事例研究としての一連の研究を通じて、グローバルな問題に感応して公共的コミュニケーション空間変容の外部要因として働く事例として、歴史心性としての旧来の世界認識が、個人空間と制度的システム(国家や共同体)との間で生起するナラティブ・ポリティックスに感応して、いかなるグローバルな地域性を獲得しようとしているかについてモデル化をおこない、グローバルに往還する文化現象を類型化し、断片的ではあるが地球社会の認知地図を描こうとしてきた成果は、国際的にも高い評価を受けつつある(参照:Obuse, Keiko and Armand Salvatore. Middle East or “Midlle Earth”?: “Re-orienting” Orientalism and Globalizing Area Studies. In The Oxford Handbook of the Sociology of the Middle East, ed. by Armand Salvatore et al., 2022. 857-876. Oxford: Oxford University Press.)

2021年度活動報告(研究実績の概要)

本研究ではグローバル化と中東地域の民衆文化に関する以下の研究項目を実施した。
1 「中間アラビア語」による社会空間を接合する言語社会的位相に関しては、(1)先発的グローバル・コミュニケーション空間の言語社会的位相の分析として、「世界文学としてのアラビアンナイト―ガラン版アラジンから考える」『こどもとしょかん』で、文字文学としてのガラン版アラジンがヨーロッパにおいて口承文芸として再受容され、地域性の高いフォークロア文学となっていく過程を検討することで、「世界文学」が創出する「世界文学空間」におけるグルーバルな価値とローカルな在来知が環流する動態を提示した。
2 公共的コミュニケーション空間がグローバルな情報ネットワークに感応する社会空間として機能する社会動員的位相に関しては、(1)『中東・イスラーム世界への30の扉』所収の論考「なぜ日本で中東地域を研究するのか?」で、地球規模の公共的コミュニケーション空間の激変の中で、多元的価値を包摂/排除する形で共創される社会空間の実相を捉え直す「グローバル地域研究」の必要性を説いた。(2)『片倉もとこフィールド調査資料の研究』は、文化資源としての標本資料を現地社会の人びとと協働して次代の文化継承に寄与する社会実践的・超学際的プログラムの研究成果で、半世紀前の片倉もとこ収集資料を文理融合の国際共同研究として実施し、現地社会の人びとと国際的展示等を協働企画した。半世紀前の現地調査資料を学術資源として活用し、現代的技術であるデジタルメディア、地理空間マッピング、および衛星写真などを駆使して半世紀の自然環境と人びとの生活の変容を分析したことに対して高い評価を受ける一方、サウジアラビアでの文化遺産継承の実践の点でも国内外で大きな社会的インパクトを与えた。

2021年度活動報告(現在までの進捗状況)

国際共同研究の成果の国際編集による海外出版として、フランスの出版社から『Tetsuo Nishio, Okamoto Naoko, Jun’ichi Oda, Margaret Sironval, Marion Chesnais, et Yo Kaji eds., Catalogue du Fonds Josephe-Charles Mardrus, traducteur des Mille Nuits et une Nuit』を刊行した。関連するすべての資料のデジタル化ならびにカタログ化を完了し、その成果を刊行した。本カタログは、アラビアンナイト研究はもちろんフランス文学研究や文学研究一般に必須の基本文献となるであろう。マルドリュス版はフランス文学をはじめとする文学関係者には絶賛され日本語訳もベストセラーになるほどだが、アラブ文学や中東の専門家からはあまり高い評価を受けてこなかった。大きな理由は、完全なアラビアンナイトとされるカルカッタ第二版やその英訳のバートン版とはまったく内容が異なる上に、底本となったアラビア語原典も不明だからであり、「真正なアラブ文学」の継承とは見做されなかったからである。しかしながら世界文学としてのガラン版アラビアンナイトの後継者は、文学の社会的機能から考えたときに、マルドリュス版と見做すことも可能である。もう一つの理由は、マルドリュスの生涯や、千一夜以外の仕事についての研究が資料不足から進んでいなかったこともある。本研究成果とそれに基づく今後の研究によって、アラブ世界とヨーロッパ世界の文化交流の象徴的存在であるマルドリュスの個人史の解明を通して、地中海地域におけるグローバルな文学空間の実相を捉えられるだろう。

2020年度活動報告(研究実績の概要)

本研究ではグローバル化と中東地域の民衆文化に関する以下の研究項目を実施した。
1 「中間アラビア語」による社会空間を接合する言語社会的位相に関しては、(1)先発的グローバル・コミュニケーション空間の言語社会的位相の分析として、『ガラン版千一夜物語』(岩波書店、全六巻)の最終巻を刊行し、本邦における最初の全訳を完了した。本訳業を通してガラン訳テキストの底本に係る新発見を含めて形成過程に関する新知見を得た。
2 公共的コミュニケーション空間がグローバルな情報ネットワークに感応する社会空間として機能する社会動員的位相に関しては、(1)人間文化研究機構が学術協定を締結しているフランス社会科学高等研究院と共催した国際シンポジウムの成果を国際共同編集して刊行した。既存の「民衆」概念では等閑に付されてきた「民衆文化」の編成とその資源としての活用という新たな現象の生起と、それに伴う人びとのアイデンティティー、社会関係の再編が中東世界において新たな文化の再編/創造をもたらしている状況について、主としてフランス側からは社会史的な視点、日本側からは民族誌的な視点から議論をした。日本の中東地域をフィールドとする人類学者と中東研究に豊かな学的蓄積を有する社会科学高等研究院の研究者からなる本論集は、メタレベルで研究枠組みを可視化する試みとしての研究成果を国際的に還元できた。(2)人間文化研究機構が学術協定を締結しているパリ日本文化会館でオックスフォード大学中東研究所と共催した国際シンポジウムと、アラブ文学研究では初の試みとなる国際企画としてアラブ文学とくに詩の伝統における個人と社会をテーマに実施した国際シンポジウムの成果として英文論集を刊行した。文学研究と地域研究を学際的に架橋する試みとして、アラブ地域の文学おいて個人と世界、個人的空間と公的空間の関係がどのように位置づけられているかを考察した。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況)

これまでに実施した以下の国際シンポジウムの成果を欧文で刊行し研究成果を国際発信することができた。フランスの社会科学高等研究院(EHESS)と共催した2件の国際シンポジウム(「Formation d‘une “culture populaire” au Moyen Orient: un reexamen de la notion de “populaire」2015年、大阪。「La culture populaire au Moyen-Orient:Approches franco-japonaises croisees」2017年、パリ)の成果を国際共同編集し、『Sur la notion de culture populaire au Moyen-Orient : Approches franco-japonaises croisees』として刊行した。パリ日本文化会館でオックスフォード大学中東研究所と共同開催した国際シンポジウム「French Orientalism and Its Afterlives in Japan and the Middle East」(2018年、パリ)と、アラブ文学研究では初の試みとなる国際企画としてアラブ文学とくに詩の伝統における個人と社会をテーマに、アラブ古典詩研究の世界的権威スケトケヴィッチ・シカゴ大学名誉教授を招聘して実施した国際シンポジウム(民博で2018年に開催)の成果として英文論集『The Personal and the Public in Literary Works of the Arab Regions』を刊行した。

2019年度活動報告

本研究ではグローバル化と中東地域の民衆文化に関する以下の研究項目を実施した。
1 「中間アラビア語」による社会空間を接合する言語社会的位相に関しては、先発的グローバル・コミュニケーション空間の言語社会的位相の分析として、『ガラン版千一夜物語』(岩波書店)の翻訳においてはフランス語原典初版を底本としたが、ガランが底本とした、中間アラビア語で書かれた15世紀のアラビア語写本と照合しながら作業を進めた。フランス語文献学および中世アラビア語文献学の双方からガラン版を再評価することで、新たな発見や新たな研究テーマの開拓につながった。
2 公共的コミュニケーション空間がグローバルな情報ネットワークに感応する社会空間として機能する社会動員的位相に関しては、(1)オックスフォード大学中東研究所との共催で国際シンポジウム「Neither Near Nor Far: Encounters and Exchanges between Japan and the Middle East」(於・オックスフォード大学)を開催した。「Beyond Orientalism: Studying Belly Dance as a Globalised Cultural Phenomenon」と題した基調講演を行い、文化的な知識のグローバルな還流経路を探るにあたり、西洋を基点として行われてきた中東と日本の文化交流の様相について検討し、グローバル化論における新たな研究地平の開拓を目指した。(2)龍谷大学の協力のもとに国際ワークショップ「『シャルギー(東洋人)』上映ワークショップ」を開催し、「井筒俊彦と言語学―言葉・文化・思惟の関係性をめぐって」と題した基調講演を行い、現代言語学の知見から井筒俊彦の思考を解体し、言語と文化と思惟の関係性にかかる人文科学として再構築する可能性について提言した。

2018年度活動報告

本研究ではグローバル化と中東地域の民衆文化に関する以下の研究項目を実施した。
1 「中間アラビア語」による社会空間を接合する言語社会的位相に関しては、(1)先発的グローバル・コミュニケーション空間の言語社会的位相の分析として、中間アラビア語の一変種であるガルシューニー文献(シリア文字によるアラビア語)としてアレッポ・シリア正教会所蔵ガルシューニー写本を分析し、その成果を刊行した。(2)新生共通アラビア語の現代的動態の分析として、エジプト映画「ヤギのアリーとイブラヒム」の映画監督のインタビューや映画の解説とあわせて現代中東地域研究資料として刊行した。
2 公共的コミュニケーション空間がグローバルな情報ネットワークに感応する社会空間として機能する社会動員的位相に関しては、(1)公共文化の創発プロセスの分析として、グローバル資源化した世俗文化としてアラブ人に移入された空手がイギリスの移民の間で公共性を獲得している状況を引き続き調査した。(2)グローバルな問題に感応して公共的コミュニケーション空間変容の外部要因として働く事例分析として、国際シンポジウム「フランス語によるアラブ=ベルベル文学における多声/多言語性(ポリフォニー」を開催した。研究者だけでなくアラブ世界でフランス語による著作活動をしている作家を招聘し、グローバルな文学空間における個人の表象と多言語性をテーマにする問題提起となる討論をおこなった。また国立民族学博物館が昨年度に協定を締結したイラン国立博物館において、「文化遺産とミュージアム」をテーマとした国際シンポジウムを開催した。
特筆すべきこととして、ナポレオンによるエジプト侵攻の学問的成果である『エジプト誌』の音楽に関する報告者として有名で中東地域の民族音楽研究のパイオニアであるヴィロトーによる未刊行の手稿本を発見しその校訂作業をおこなった。

2017年度活動報告

本研究ではグローバル化と中東地域の民衆文化に関する以下の研究項目を実施した。
1 「中間アラビア語」による社会空間を接合する言語社会的位相に関しては、(1)先発的グローバル・コミュニケーション空間の言語社会的位相の分析として、中間アラビア語で書かれたベルリン国立図書館所蔵アラビアンナイト写本を分析し、国際シンポジウムで口頭発表した。(2)新生共通アラビア語の現代的動態の分析として、エジプト映画「ヤギのアリーとイブラヒム」の上映会にあわせて、映画のセリフ等のスクリプトを分析した。映画監督のインタビューや映画の解説とあわせて現代中東地域研究資料として刊行する。
2 公共的コミュニケーション空間がグローバルな情報ネットワークに感応する社会空間として機能する社会動員的位相に関しては、(1)公共文化の創発プロセスの分析として、グローバル資源化した世俗文化としてエジプトに移入された空手がフランスの移民の間で公共性を獲得している状況を調査した。フランスより若手研究者を招聘してアブダビにおけるカフェという公共的コミュニケーション空間に関する国際ワークショプを開催した。(2)グローバルな問題に感応して公共的コミュニケーション空間変容の外部要因として働く事例分析として、グローバルな知識の環流という観点から現代中東世界と日本との文化的関係について検討する国際シンポジウムを開催し、イランと日本との間の工芸品の還流現象についての発表等をおこなった。
研究成果の国際発信に関して特筆すべきこととして、パリ日本文化会館との学術協定によって現代中東地域研究事業との共催でグローバルな知識の環流という観点から現代中東世界における日本文化をテーマとした国際シンポジウムを開催したことがあげられる。

2016年度活動報告

本研究ではグローバル化と中東地域の民衆文化に関する以下の研究項目を実施した。
1 「中間アラビア語」による社会空間を接合する言語社会的位相に関しては、(1)先発的グローバル・コミュニケーション空間の言語社会的位相の分析として、中間アラビア語の文献調査によってケンブリッジ大学図書館所蔵の中間アラビア語民話写本を発見し分析をした。(2)新生共通アラビア語の現代的動態の分析として、カイロの都市部中流層の共通アラビア語の調査ならびに20世紀以降のマスメディア登場による新生共通アラビア語の大衆文学の調査によって、エジプトを代表する歌手ウンム・クルスームの英訳全歌詞集を刊行した。また中東世界の民衆音楽の現代的動態に関する研究論文集を刊行した。
2 公共的コミュニケーション空間がグローバルな情報ネットワークに感応する社会空間として機能する社会動員的位相に関しては、(1)公共文化の創発プロセスの分析として、グローバル資源化した世俗文化としてエジプトに移入された空手がフランスの移民の間で公共性を獲得している状況を調査した。民衆/大衆という分析概念に関する文献学的情報収集による再検討として、フランスと日本の文化人類学における当該概念の異同について調査し国際学会で発表した。(2)グローバルな問題に感応して公共的コミュニケーション空間変容の外部要因として働く事例分析として、国民国家的統合性の高い公共的社会空間を構築してきたマッダーフ(宗教的哀悼歌手)の変容についてイランとアメリカ移民社会の比較調査をした。
研究成果の国際発信に関して特筆すべきこととして、現代中東地域研究事業との共催でグローバルな知識の環流という観点から現代中東世界における日本文化をテーマとした国際ワークショップ及び、フランス社会科学高等研究院との学術協定に基づいてパリで中東世界の民衆文化をテーマとした国際シンポジウムを開催した。