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民族と宗教――もつれ合う排他性と包摂性(2025.4-2028.3)

テーマ区分:民族と宗教

代表者:奈良雅史

研究期間:2025.4-2028.3

プロジェクトの目的・内容

本プロジェクトは、宗教的な諸実践との関係から、民族が自他を区分する排他的なカテゴリーとして立ち現れる一方で、他者を包摂していくモーメントに着目することで、前者に偏重する傾向にあったエスニシティ概念を批判的に再検討することを目的とする。

エスニシティをめぐる議論において、宗教はエスニック・アイデンティティを構成する主要な属性の一つと位置づけられてきた。他方で、宗教に関する人類学的研究においても、人びとの宗教実践を理解するうえで、エスニシティは重要な要素であった。こうしたエスニシティと宗教の関係については、移民研究で特に盛んに議論されてきた。それは人びとが移住先において彼/彼女らのエスニック・アイデンティティを構築するうえで、宗教が重要な役割を果たすと同時に、エスニシティの異なる人びととの関係構築の契機ともなってきたためだ。トランスナショナルな人びとの動きのなかで、エスニシティと宗教の関係が前景化してきたのである。ここでは民族は宗教との関係において排他的でありながらも、他者を包摂するカテゴリーとしても立ち現れる。

ただし、このように宗教実践を通じた民族横断的なつながりは、宗教信仰を一にする排他的なネットワークを形成するわけでは必ずしもない。ポスト世俗主義をめぐる議論で注目されてきたように、宗教集団による慈善活動の活発化など、宗教がその宗教集団に留まらない公共性を生成する傾向が近年、顕著になっている。そこには1980年代以降、グローバルな領域で宗教復興が進展したことに加えて、新自由主義の浸透という要因もある。新自由主義的な政策では、従来の国家による規制と保護に代わって、個人の自由と市場原理が強化されることによって自由競争が促進される。それに伴う国家による福祉・公共サービスの縮小によって、宗教が社会的役割を果たす余地が拡大してきた。上述のように民族と宗教が密接な関係にあるとすれば、宗教がもたらす特定の宗教を越えた公共性の生成は、新たな民族のあり方を形成する契機ともなりうるだろう。

しかし、注意しなくてはならないのは、エスニシティも宗教も観念的なものとしてのみ存するわけではなく、そこには具体的なモノが介在しているということである。民族的/宗教的コミュニティを理解するうえで、その凝集性を可能にする家屋や宗教施設といった建築物や、人びとのあいだで贈与交換、再分配されるモノを等閑視することはできない。加えて、移民や宗教復興も人だけではないモノのグローバルな動きによっても促進されており、またそれらはインフラなどによって媒介されている。

以上を踏まえ、本プロジェクトは、人とモノを含めたモビリティ、そのモビリティにより開かれうる民族や宗教を越えた公共性、それらを可能にするマテリアリティという観点から、「差異のポリティクス」に位置づけられる傾向にあったエスニシティ概念をより開かれたものとして再定位することを目指す。

期待される成果

本プロジェクトによって期待される成果は、以下の3点である。

第1に、グローバル化の進展に伴い、国民国家の枠組みを越えたヒトやモノの移動が活発化する現代的状況下において、民族というカテゴリーがいかに再編成されてきたのかを宗教に焦点を当てて、異なる地域、民族、宗教の文脈に則して民族誌的に描き出すことである。

第2に、こうした異なる地域、民族、宗教の事例から見出される「民族と宗教」の関係を比較することを通じて現代的状況を踏まえたエスニシティ概念を提示し、「差異のポリティクス」に焦点を当てる傾向の強かったエスニシティをめぐる議論を批判的に検討し、理論的な発展を促しうることである。

第3に、これらの研究成果をシンポジウムや論文集の刊行といったかたちで社会に還元することを図ることで、民族や宗教の差異による対立が深刻化しつつある状況において、多様な人びとが多様なままに共にあれる社会の実現に向けた一助となりうることである。