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医療者向け医療人類学教育の検討――保健医療福祉専門職との協働

研究期間:2015.10-2019.3

飯田淳子

キーワード

医療人類学、教育、保健医療福祉専門職

目的

少子高齢化、医療の高度・専門分化、患者の権利意識の変化等に伴い、保健医療福祉の現場では、医療者とクライアントあるいは多職種の間でのコミュニケーション不全の問題等、医療福祉系の個別の学問では対応しきれない複雑な課題が生まれている。これらの課題に日々直面する保健医療福祉専門職(以下、「医療者」)にとって、事象をその社会的文化的文脈の中で理解する視点、他者理解や自己相対化の視点を提供する医療人類学の知見の有用性は高く、医療者教育の現場でもその潜在的需要がある。また、医学教育では国際的な教育の質保証のため、今後5年程度の間に全国80大学が認証評価を受審するという動きがあり、その評価基準のなかで医療人類学も言及されている。こうしたなか、現代の日本の医療者を対象とした医療人類学教育のあり方を検討することは喫緊の課題である。そこで本共同研究では、複数の職種の医療者との協働により、医療者を対象とした医療人類学教育のあり方を検討し、その教材を開発することを目的とする。

研究成果

本共同研究および関連する諸活動を通じて明らかになってきたことは、主に以下の3点である。1つは、少子高齢化や疾病構造の変化により、「暮らしの現場のケア」の領域が拡大しつつあるなか、医療者に求められている人類学教育は医療人類学に限らず、広く文化人類学の内容だということである。2つめは、特定の概念や理論などよりも、事象を社会的・文化的文脈の中でとらえ、医学・医療を相対化する視点や構えを身につけてもらうことの重要性である。そして3つめは、人類学の概念からではなく、医療現場の事例から出発し、それらを人類学的視点や思考と接続させることの有効性である。
上記3つめの点は、本共同研究と同時期に共同研究員の多くが協働して実施してきた「症例検討会」によって具現化した。これは、臨床現場において生物医学では理解や対処が困難であった事例を医学生あるいは医師が提示し、それについて人類学者を含む参加者で議論するワークショップである。大学医学部や日本プライマリ・ケア連合学会、病院等で、医療者と人類学者が協働して合計17回にわたり実施するなかで、この「症例検討会」は医療者向け人類学教育の一つのモデルとなりうることがわかってきた。
本共同研究の2年目に「医学教育モデル・コア・カリキュラム」における人類学・社会学の項目化という画期的な出来事があった。「医学教育モデル・コア・カリキュラム」とは、日本の医学教育において医学部卒業までに学生が最低限修得しておくべき学習項目を定めたものである。当初、多様な職種の医療者向け教育を考えてきた本共同研究は、この出来事を受け、3年目以降は医学生(および医師)向けの教材開発に焦点を絞ることとなった。しかし前半に医師だけでなく看護師、理学療法士、作業療法士など他職種の教育をとりあげたことは、医学教育を相対化する意味でも、現在の医療現場で強調されている多職種連携という文脈の中で人類学教育を検討する意味でも、有意義であった。

2018年度

最終年度である2018年度は、前年度各自が作成した各章の概要に基づき、医学生向け教材の執筆・編集作業を行う。これまで本共同研究および関連する様々な活動によって明らかになってきたことは、医学生が臨床との関連性を感じにくいという従来の医学生向け社会科学教育の課題を克服するためには、臨床現場の事例から出発し、それを人類学的な考え方や概念につなげるというアプローチが効果的であるということである。そのため、本共同研究では、医師との協働作業によって事例集の形の教材を作成することを目指している。2018年度は各自の草稿の検討のために1回の共同研究会を開催する。なお、上記の作業はこれまでと同様、日本文化人類学会 医療者向け人類学教育連携委員会、および日本医学教育学会 プロフェッショナリズム・行動科学委員会との連携によりおこなう。

【館内研究員】 鈴木七美、松尾瑞穂
【館外研究員】 伊藤泰信、梅田夕奈、大谷かがり、工藤由美、島薗洋介、辻内琢也、照山絢子、西真如、錦織宏、濱雄亮、浜田明範、星野晋、

堀口佐知子、宮地純一郎、吉田尚史

研究会
2019年1月14日(月・祝)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
浜田明範(関西大学)「医学教育とともにある人類学に向けて」
伊藤泰信(北陸先端科学技術大学院大学(JAIST))「人類学の外部から考える人類学の可変性と可能性」
参加者全員「総合討論(3年半のふり返りと今後の課題について)」
研究成果

最終年度である2018年度は、前年度各自が作成した各章の概要に基づき、医学生向け教材の執筆・編集作業をおこなった。医学生が臨床との関連性を感じにくいという従来の医学生向け社会科学教育の課題を克服するために、臨床現場の事例から出発し、それを人類学的な考え方や概念につなげるというアプローチを採用し、本共同研究では、医師と人類学者との協働作業によって事例集の形の教材を作成している。1月に開催した共同研究会では、本共同研究および関連する諸活動を通じて人類学者が医療者から学んだワークショップ型の教育手法、および看護実践のエスノグラフィックな研究に関する発表がおこなわれた。なお、以上の作業はこれまでと同様、日本文化人類学会 医療者向け人類学教育連携委員会、および日本医学教育学会 プロフェッショナリズム・行動科学委員会との連携により実施された。

2017年度

昨年度までに把握した医療者向け医療人類学教育の現状と医療者側からの期待・要望をふまえ、2017年度は医療者に提供する医療人類学教育の具体的なあり方を検討する。とりわけ、医学教育モデル・コア・カリキュラムに文化(医療)人類学の内容が組み込まれたことに伴い、開発・出版が急務である医学生向けの教材の作成に取り組む。そのために当初は3回の共同研究会を予定していたが、予算の関係で当面は2回の開催とする。第1回目には、これまでの議論の中間まとめをおこなった後、共同研究員全員で総合討論をおこない、医療者(特に医学生)を対象に医療人類学のどのような内容を、なぜ、どの段階で、どの程度、どのように教える必要があるかを検討する。そのうえで、第2回目、および追加予算が配分されれば第3回目には、各自分担して作成した教材の担当箇所を報告し、その内容を検討する。なお、上記の作業はこれまでと同様、文化人類学会課題研究懇談会「医療人類学教育の検討」、および医学教育学会プロフェッショナリズム・行動科学委員会との連携によりおこなう。

【館内研究員】 鈴木七美、松尾瑞穂
【館外研究員】 伊藤泰信、梅田夕奈、大谷かがり、工藤由美、辻内琢也、照山絢子、錦織宏、濱雄亮、浜田明範、星野晋、堀口佐知子、宮地純一郎、

吉田尚史

研究会
2017年6月18日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
飯田淳子(川崎医療福祉大学)「中間まとめ」
参加者全員「教材開発に向けて(総合討論)」
2017年12月2日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
参加者全員「教材各章のアウトライン(発表および討論)」
2017年12月3日(日)9:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室)
参加者全員「教材開発に向けて(発表および討論)」
参加者全員「今後に向けて(総合討論)」
2018年1月21日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
大谷かがり(中部大学)「教材担当章のアウトライン(発表および討論)」
参加者全員「追加事例の担当について(討論)」
参加者全員「今後に向けて(総合討論)」
研究成果

昨年度までに把握した医療者向け人類学教育の現状と医療者側からの期待・要望をふまえ、2017年度は医療者に提供する医療人類学教育の具体的なあり方を検討した。とりわけ、医学教育モデル・コア・カリキュラムに文化(医療)人類学の内容が組み込まれたことに伴い、開発・出版が急務である医学生向けの教材の作成に取り組んだ。共同研究会第1回目には、これまでの議論の中間まとめをおこなった後、共同研究員全員で総合討論をおこない、医学生を対象に医療人類学のどのような内容を、どの段階で、どのように教える必要があるか、そのためにどのような教材を作成するかを検討した。そのうえで、第2回目および第3回目には、教材の各自の担当部分のアウトラインを報告し、その内容を検討した。なお、上記の作業は日本文化人類学会医療者向け人類学教育連携委員会、同学会課題研究懇談会「医療人類学教育の検討」、および日本医学教育学会プロフェッショナリズム・行動科学委員会との連携によりおこなっている。

2016年度

2016年度は合計3回の共同研究会を予定していたが、予算配分額に基づき2回に変更する。当初、本年度の後半に行う予定であった、医療者教育において人類学が提供できる可能性のあることについての検討を前倒して行う。第1回目は臨床医でもあり人類学者でもある2人の共同研究員による発表を予定している。第2回目には、理学療法士・作業療法士の教育に関わる専門家を講師として招く。これらの専門家とは、本共同研究のメンバーが、文化人類学会課題研究懇談会「医療人類学教育の検討」の「医療者向け医療人類学教育」ワーキンググループや、医学教育学会等を通じて交流してきた。医療者との議論を通じ、これまで十分に明確化されてこなかった医療者から医療人類学(者)への期待・要望を把握する。なお、11月の再調整の結果、追加予算が配分されれば、当初の計画通り、3回目の共同研究会を1月ごろに開催する。

【館内研究員】 鈴木七美、松尾瑞穂
【館外研究員】 伊藤泰信、梅田夕奈、大谷かがり、工藤由美、辻内琢也、照山絢子、錦織宏、濱雄亮、浜田明範、星野晋、堀口佐知子、宮地純一郎、

吉田尚史

研究会
2016年7月3日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
吉田尚史(東京福祉大学)「医療人類学の受容の系譜について――医療現場の要請から考える」
梅田夕奈(東京都立松沢病院)「医学を身に刻む――医学教育の内在的理解の試み」
参加者全員・総合討論
2016年11月12日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
小田原悦子(聖隷クリストファー大学)「日本の作業療法教育と医療人類学への期待」
沖田一彦(県立広島大学)「語りに基づく医療と理学療法教育――理学療法士の卒前・卒後教育を実施して感じた課題」
参加者全員・総合討論
2017年2月5日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
錦織宏(京都大学)「日本の医学教育における社会医学、行動科学、社会科学、そして医療人類学」
宮地純一郎(浅井東診療所)「人類学者・医療者共同での症例検討会を通じた医療人類学教育――家庭医療学の視点から」
参加者全員・総合討論(医学教育モデル・コア・カリキュラム改訂に向けて)
研究成果

臨床医でもあり人類学者でもある2人の共同研究員による発表をはじめ、理学療法士・作業療法士の教育に関わる専門家、そして臨床医・医学教育研究者の発表をもとに、医療者教育において人類学が提供できる可能性のあることについての検討をおこなった。医療者の発表によれば、臨床現場では患者を社会的存在として見る見方、社会的・文化的文脈における行為や経験の意味の理解が必要とされる。また、近年は臨床家の間で「ナラティヴに基づいた医療(NBM)」の重要性が指摘され、それに関する教育をすべきと言われている。医療者は人類学者が思うほど実用や問題解決のみを求めている人ばかりでは必ずしもなく、対象や現象を理解するための視点やそれを表現する言葉を求めている人も多いということも指摘された。以上のことは必ずしも人類学の先端的な潮流とは合致しない面もあるが、医療者からの要望や期待に応え、医療専門職と人類学者が協働し、臨床と関連付けた形での医療者向け人類学教育をおこなっていくことの重要性が明らかになった。

2015年度

2015年度から2016年度の前半にかけては、共同研究会のメンバーがおこなっている医療者向け医療人類学教育の実践、および海外での医療者向け人類学教育の実践に関し分担してレビューした結果について報告し合い、それぞれの利点や課題等を検討する。これにより、従来十分に明確化されてこなかった医療者向け医療人類学教育の現状把握を達成する。

【館内研究員】 鈴木七美、浜田明範、松尾瑞穂
【館外研究員】 伊藤泰信、梅田夕奈、大谷かがり、工藤由美、辻内琢也、照山絢子、錦織宏、濱雄亮、星野晋、堀口佐知子、吉田尚史
研究会
2015年11月7日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
飯田淳子(川崎医療福祉大学)「趣旨説明」
星野 晋(山口大学)「医学校で教えてくれなかったこと」
濱 雄亮(慶應義塾大学)「医療人類学教育の実践報告――単科大学医学部における事例を中心に」
参加者全員 総合討論
2015年11月8日(日)9:00~11:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
飯田淳子(川崎医療福祉大学)「家庭医の症例検討会への参加を通じた協働の試み」
参加者全員 今後に向けて
2016年1月24日(日)14:30~18:30(中部大学 春日井キャンパス 50号館3階会議室)
工藤由美(亀田医療大学)「類似性の向こう側――看護学部/学科における文化人類学教育の経験から」
大谷かがり(中部大学)「看護学(師)は人類学を通して何をみたいのか」
参加者全員・総合討論
研究成果

初年度は医学生・医師・看護学生に対する(医療)人類学教育の現状を検討した。「暮らしの現場のケア」の領域が拡大しつつあるなか、医療者にとってますます重要性を増していく社会科学的アプローチを習得するには、高学年次から卒後に社会・文化的課題を含む事例やシナリオを用いた学習を繰り返す必要があることが指摘された。共同研究会ではメンバーが行っているそのための具体的な実践例が報告され、人類学の概念からではなく、医療現場の事例から出発し、それらを人類学的視点や思考と接続させることの重要性が強調された。他方、人類学と一見親和性の高い看護などの領域でも、類似の言葉を使いながら別のことを指すなど、人類学との接続点を見出しにくいことも多い。しかし人類学者は医療者の前提や目的、立場を十分に理解し、また、医療者に伝わる言葉で自らの営みや考え方について説明を行い、対話を通じて協働していくことが重要である。