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鈴木一平(SUZUKI Ippei)

在学生の研究内容

鈴木一平(SUZUKI Ippei)

所属

人類文化研究コース

指導教員

主任指導教員:小野林太郎/副指導教員:福岡正太

研究題目

クリスの考古学的研究

研究キーワード

クリス、ジャワ、東南アジア島嶼部、鉄、交流

研究の概要

クリス(Keris)は、ジャワを中心とした東南アジア島嶼部地域で広く製造・利用される鍛造製鉄剣の一種である。剣身が柄に対して斜めに伸びるのが特徴で、直行するものと、蛇行するものとがある。16世紀初頭に記されたポルトガル人トメ・ピレスの記録からは、この頃すでにクリスは重要な交易品の一つで、ジャワのクリスは東南アジアにとどまらず、マラッカ海峡を越えベンガル地方にまで輸出されていたことが知られている。極東の日本にも明治期以前に請来されたクリスが少なくとも7差知られている。(ちなみに国立民族学博物館にも、ほとんどが現代のものではあるが30差ほどの所蔵がある。)

私の現在の関心は、このクリスがいつ誕生し、時代に応じてどのような形態や利用法の変遷を経たのか、また現代のクリスとその利用にどのように繋がっていくのか、という点である。

クリスは東南アジアの様々な地域で、今でも男性の慣習服の要素として着用したり、家宝や美術・骨董品、また護符や祭礼具として重要視されている。特にインドネシアでは、2005年にインドネシアのクリスが“人類の口承及び無形遺産の傑作”としてユネスコによって公式に宣言(2008年に無形文化遺産リストへ統合)された他、2022年にバリ島で開催されたG20サミットにおいて、各国首脳らに配布される土産物の内にクリスが選定されるなど、国際的にも注目度が高い物質文化であるといえる。
一方でその歴史については、分からないことが多い。クリスの本質は刺突用の両刃の武器であるが、同時に象徴的意味合いも非常に強いアイテムである。たとえば、17世紀初頭にジャワに滞在したイギリス人ランカスターの記録には、クリスが贈答品として使われる場面と、殺人兵器として使われる場面の両方が記録されている。しかし18世紀頃から徐々に、武器としての機能は失われていったようで、同じくイギリス人のラッフルズによって19世紀初頭に書かれた本には、ジャワではクリスがもっぱら個人の装飾品として機能し、防御や攻撃の武器として使われることが少ないことが記録されている。
仮にこうした断片的な記録が、ジャワのクリス状況を代表しているのであるならば、その変化は必ずやクリスそのものの変化に反映されるであろう。実際のクリスの変化要因はもっと複雑で、社会状況の変化以外にも、人口や資源の多少、信仰の問題も関わってくるだろうが、いずれにせよクリスの変化は時代を映す鏡である。クリスを丹念に観察することで、モノから見た、ジャワや東南アジア島嶼部地域を主体とした歴史を描くことができないだろうか。これが博士課程研究における、私の基本的な考え方である。

具体的な研究目標は、クリスの形態変化をジャワ古典期から現代までの約700年のスパンで多角的に検討し、東南アジア島嶼部の広範囲で共有されるクリス利用・生産の成り立ちと経緯を明らかにすることである。その方法は、(1)考古学的手法を用いたクリスの型式学的分類と編年研究、(2)理化学的手法をもちいたクリスの材料研究、(3)現在のクリス鍛冶工房を対象にしたフィールドワークによる、クリスの製作技法研究、の三つからなる。
この研究は、東南アジア島嶼部における金属器の研究であり、また東南アジア島嶼部の歴史や交流史の研究につながるものである。クリスの年代研究の成果を用い、東南アジア島嶼部産の代表的な鉄器であるクリスからモノ・ヒトの交流を読み解くことで、島嶼部地域の主体的な歴史動態を明らかにしたい。

研究成果レポート