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人類の文化資源に関する フォーラム型情報ミュージアムの構築 ―国立民族学博物館における新たな展開

はじめに

文化人類学とは人類が生み出してきた多様な「文化」について、フィールドワークによって調査・研究し、最終的には「人間とは何か」を考究する学問である。1871年にはじめて体系的な「文化」の定義を行ったE.B. タイラーを文化人類学の父とすると、その歴史は150年近くになるが、この30年あまりの間に文化人類学そのもの、そしてそれをとりまく社会政治的な環境は大きく変化してきた。
近年、文化人類学には2つの動向が顕在化しているように思われる。第1は、研究対象を措定する文化概念の変化である。1960年代以前の文化概念と比較すると、文化の定義からモノの排除というひとつの傾向が浮かび上がる。1970年代以降の文化の定義は、「意味と象徴の体系」や「人びとによって構築された言説と実践」のように、人類が作り出してきた「モノ」を対象から除外し、より象徴的で、非物質的な側面を強調するようになった。この動向の欠点を補う流れとして、近年、モノの持つエージェンシー(働きかける力を持つ行為主体性)に注目する研究や、アクターネットワーク分析のようなモノと人間の関係性に焦点を合わせるマテリアリィティ研究が注目を集めつつある。
第2は、文化の研究方法や表象方法のあり方の変化である。1980年代半ばより文化人類学や民族学博物館の文化表象に関して、研究者による一方的な他者表象の問題点が指摘され、研究者(表象する側)と当事者(表象される側)、一般市民(その表象を読んだり見たりする側) が相互に意見を交え、知識を生み出す実践の重要性が強調されるようになった。現地における調査や文化の表象化は、研究者と当事者との協働作業となり、第三者を巻き込みフォーラム化しつつあるといえるだろう。
このような状況下で文化人類学や民族学博物館は何を行うべきなのか。国立民族学博物館(以下、民博)は、創設以来これまで40年にわたり世界の民族文化を研究し、有形・無形の民族資料とそれらに関する情報を集積してきた。私たちは、それらの資料や情報を人類の「文化資源」として整理・管理し、世界中の人びとと共有し、後世に伝えることが重要だと考えている。そのための新たな方法を検討する過程で、「フォーラム型情報ミュージアム」構想が生まれた。
ここでは、この構想の全体像について紹介する。なお、本構想は実施の途上にあり、流動的な部分もある。したがって、最終的な報告ではなく、 構想メモであると考えていただきたい。

民博の実績と新ミュージアム構想

民博は、これまで世界各地から約34万点の標本資料と約7万点の映像・音響資料、約60万点におよぶ文献図書資料を収集し、調査・研究、管理、収蔵、展示を行ってきた。2004年度までは民博は「研究博物館」として、調査研究の結果を博物館という媒体を通して社会に発信し続けてきた。しかし、研究博物館という位置づけは、大学・研究機関の法人化という政府主導の再編の中で、再検討を余儀なくされた。ひとつの論点は、民博が研究所機能に力点を置くのか、博物館機能に力点を置くのかというものだった。
2004年度の法人化にともない、全国大学共同利用機関のひとつである民博は博物館を持つ研究所と自らを位置づけた。さらに法人第2期を迎えた2010年からは、国内外の機関と国際共同研究を展開し、その成果を出版や展示、シンポジウムなどを通じて、国内外により広くかつより積極的に発信するようになった。
2010年に国際的な学術交流を促進し、国際共同研究を展開させるために国際学術交流室を設置し、それ以降、米国のアシウィ・アワン博物館/ 遺産センターなど19の海外の研究機関と学術協定を締結し、国際共同研究や国際連携展示を実施してきた。たとえば、韓国の国立民俗博物館や順益台湾原住民博物館と協定を結び、当該地域の伝統文化の民博収蔵資料を用いて「75年ぶりの故郷、1936年蔚山達里」や「台湾平埔族の歴史や文化」などの展示を国内外で開催した。また、民博の「機関研究」として「マテリアリティの人間学」領域の研究プロジェクト「モノの崇拝」や「文化遺産の人類学」などでは、グローバル化の中での人とモノとの関係、文化遺産とコミュニティとの関係、災害と文化財との関係、文化資源の保存と修復、管理などについて検討してきた。
民博の全館事業として2008年度から開始した常設展示の新構築は、2016年3月に完成する予定である。民博ではこの新構築事業に続く研究プロジェクトとして何をなすべきかについて、検討を重ねた結果、次のような考えを持つに至った。
1980年代以降、人やモノ、情報、資本が国境や地域を越えて世界規模で移動したことによって人びとの生活が大きく変化している。このグローバル化の地域社会への影響は、ポジティブな面がある一方、ネガティブな面もある。世界各地で人類は多様な道具や儀礼具、建造物、歌、踊り、口頭伝承などを創り上げてきたが、グローバル化の急激な進展により、それらの多くは消滅の危機に瀕している。このため、人類の共有財産としての民族文化の継承と創造の問題を解決することは喫緊の課題である。
では、これまでの民博の実績を踏まえて何をすべきなのか。そこで出てきたアイデアは、消滅の危機に直面している民族文化について、現地社会や大学・研究機関・博物館と共同研究を行うとともに、デジタル・ミュージアムによって民博収蔵の文化資源とその情報を広く共有化・共同利用化しようというものであった。
民博は創設当初から梅棹忠夫によるモノの展示のみならず、モノやそれに関連する民族や地域に関する情報をマルチメディア技術を駆使して提供する「博情館」構想のもと、いわゆるマルチメディア・データベース化を推進してきた。そのため、民博は国内でも率先して博物館資料のデータベース化やさまざまな民族の活動を映像で紹介するビデオテーク番組の制作などを行ってきた。また、本館の研究者は、現地調査に基づいて世界各地の文化資源およびそれらに関連する情報を直接収集し、膨大なデータを蓄積してきた。
しかしながら、民博のデータベース化や情報の整理に問題がないわけではなかった。民博の文化資源に関する情報は、ウェブ上や各種刊行物など多様な媒体に個々別々に掲載されているため、横断検索ができるようになっていない。したがって、本館が収蔵する情報を統合し、さまざまな人が利用できるような情報提供ステムを開発する必要がある。そこで私たちは、民博におけるこれまでの学術的蓄積をもとに、世界とつながり、情報を相互に多方向的に交換し合い、共有できる仮想のデジタル博物館、すなわち「フォーラム型情報ミュージアム」の構築を提案し、文部科学省に対して概算要求を行なってきた。
その申請に対し特別経費が認められ、2014年4月から7年計画で開始されたのが「人類の文化資源に関するフォーラム型情報ミュージアムの構築」プロジェクトである。

フォーラム型情報ミュージアムとは何か

フォーラム型情報ミュージアム(以下、情報ミュージアムと略称)とは、国内外の大学・研究機関・博物館が個々に所有する文化資源に関する情報を地球規模で共有し、共同利用することを目的としたデータベースの集合体である。このデータベースはインターネットによって公開され、文化の担い手、研究者、マスコミ関係者、教員、学生、一般市民など多様な人間がアクセスでき、情報について意見の書き込みや交換ができる情報生成機能とフォーラム機能を持つ点に特徴がある。
情報ミュージアムを完成させるためには、発信する情報に関するデータベースのコンテンツを作成すること、そして書き込みができ、横断検索が可能な相互発信システムを作ること、という2つの大きな事業計画を有機的かつ同時並行的に実施しなければならない。そして2つのプロジェクトの成果が合体してはじめて情報ミュージアムが完成する。

国際共同研究によるコンテンツ作成

情報ミュージアム構築のために、特定地域の文化資源やテーマに関する個別の研究プロジェクトを4年(開発型) と2年(強化型)の期間で、国内外の連携機関や現地の人びとと協働して実施する。開発型プロジェクトでは、プロジェクト・リーダーのもと国内外の協定機関と連携しながら文化資源に関する各機関が持つ情報を共有化し、それをもとに国際共同研究を実施しつつ、データベースのコンテンツを作成する。プロジェクトとしては、これまでの民博での研究・収集の蓄積を生かして、「北米先住民製民族誌資料の文化人類学的ドキュメンテーションと共有」を2014年度より開始した。2015年度以降は「台湾における人類文化の情報遺産構築」、「アイヌ文化の文化遺産データベース構築」などの実施を予定している。
強化型プロジェクトでは、民博の文化資源に関する既存の情報を整理し、新しい情報を付加し、精緻化することによって、既存のデータベースを充実させるとともに、新たに作り出す。2014年度より始まった「民博収蔵のジョージ・ブラウン・コレクションデータベース」の高度化プロジェクトはこれに当たる。
開発型プロジェクトは、以下のような手順で進められる。採択されたプロジェクト・チームは、どのような内容の国際共同研究を実施し、どのようなデータベースを構築するか、また、データベース化する項目や情報を検討し、決定する。各チームが構築するデータベースは、共通項目以外は、画像や音声資料も活用して、マルチメディア化するなど、プロジェクトごとの独自性を重視する。開発型プロジェクトは、国内外の諸機関との連携を重視しており、プロジェクト・リーダーは国内外の共同研究者や現地の人びととともに、たとえば、米国南西部のズニやホピの儀礼具のような特定のテーマや文化資源に関する共同研究を行なう。したがって、各データベースのコンテンツは各プロジェクト・チームによる国際共同研究の成果に基づくものである点を強調しておきたい。
国際共同研究のすべての成果を情報ミュージアムから発信できるとは限らない。たとえば、北アメリカ北西海岸先住民クワクワカワクゥには、特定の拡大家族集団の中でしか実演されない踊りや口頭伝承がある。また、オーストラリア先住民の中には特定クランの男性成員のみが伝承を許される神話がある。このように、情報によって特定の人びとやグループにしか公開が許されないものがあるため、各プロジェクト・チームは情報を選別し、公開の次元を複数設定しなければならない。また、共同研究の成果を情報ミュージアムで公開するためには、資料の利用や画像などに関する著作権や肖像権の処理を行なう必要がある。
国際共同研究の成果の中から公開する情報を決定した後、基礎情報については、現地の人びと、研究者、それ以外の人びとが利用できるように、日本語と英語、現地語に多言語化する。この多言語化は、情報ミュージアムをフォーラムの手段とするためには必須である。
各プロジェクト・チームは、データベースの発信の形式について情報ミュージアムのシステム開発班(後述) と協議しながら制作し、完成したデータベースは情報ミュージアムで公開する。また、共同研究の成果を国際シンポジウムや国際連携展示、論文・書籍によって公開することも奨励される。
各プロジェクトの仕事は、データベースの公開をもって終了するものではない。情報ミュージアムにアクセスしたさまざまな人がデータベース情報にコメントをしたり、新たな情報を追加したり、修正したりすることが予想される。このため、各プロジェクト・チームは新たに得た情報をもとに研究を継続し、不断にデータベースの内容を修正し、更新しなければならない。多様な人びとが情報ミュージアムを活用することによって新たな情報が生成され続けることになるので、データベースの構築はプロジェクトの終了ではなく、新たな研究の始まりといってよいだろう。

情報ミュージアムのシステム開発

情報ミュージアム構想におけるもうひとつの重要な側面は、データベースの発信システムの開発である。
民博の情報ミュージアムは、国内外の連携機関のデータベースとも連結し、最終的には拠点を複数持つクラウド型データベースを目指すが、当面は民博をデータベースの発信と連結の拠点として、情報ミュージアムのシステム開発を実施する。このシステム開発では次の点に留意する。
第1 に、情報ミュージアムは、複数のデータベースから構成され、かつ外部の連携機関のデータベースともつながったものでなければならない。このため、複数のデータベースを連結、統合し、かつ横断検索が可能なシステムを開発する必要がある。
第2 に、情報ミュージアムの中の個別のデータベースにアクセスした人びとが意見を自由に書き込むことができる機能を持たせる必要がある。その結果、そのデータベースは、文化資源の制作者や利用者、文化伝承者、研究者、それ以外の人びとが情報や意見を相互に出し合い、検討し、新たな知識を創出するフォーラム機能を持つことになる。
第3 に、情報ミュージアムはさまざまなデータを発信するが、すでに指摘したように人類全体が共有してよい情報から個人的な情報、特定の家族や集団にのみ公開が限定される情報まで多様なものが混在している。したがって、現地社会の関係者のみがアクセスできるレベルや共同研究者のみがアクセスできるレベルなど、データベースの内容に応じてさまざまなアクセスの制限を設定する必要がある。このため、アクセス認証システム機能を持たせることが必要である。
なお、システム開発については、民博の情報ミュージアムシステム開発班が、国立情報学研究所や民間企業などと連携しながら研究を進め、実施する。現在、各データベースのフォーラム機能を情報ミュージアムの中でどのように実現するか、またいかに魅力的で、使い勝手の良いデータベースにするかについて、検討中である。

情報ミュージアムの構築と運用のための体制

情報ミュージアムの構想を実現し、運用していくために、全体を管理運営する情報ミュージアム委員会(正式名称は「フォーラム型情報ミュージアム委員会」)と、その下に連携機関連絡会、外部評価委員会、各プロジェクト・チームを設置し、担当事務と有機的に協働し、事業を推進する。ここでは、プロジェクト・チーム以外の実施体制について紹介しておきたい。
プロジェクト全体の運営を総括する情報ミュージアム委員会の役割は(1)プロジェクト計画の策定と管理、(2)情報ミュージアムのシステムおよび各プロジェクトのデータベースの基本設計やデータ構造の決定、(3)プロジェクトの提案や審査、(4)情報ミュージアムの維持・管理・運用の統括、(5)国際シンポジウムなどの開催計画の審議、(6)外部評価のとりまとめと各プロジェクトへの助言、(7)公開可能な情報の範囲の決定などである。
また、この情報ミュージアム委員会のもとにシステム開発班を置き、各プロジェクトと協議しながら個別のデータベースの構築、およびそれらを統合した情報ミュージアムの構築と運用を担当する。
情報ミュージアムプロジェクトは、国内外の諸機関と連携して実施するため、プロジェクトを遂行する上で直面する問題点や国際シンポジウムなどについてプロジェクト間で協議し、調整する必要がある。この調整の役割を担うのが連携機関連絡会である。
情報ミュージアムのプロジェクト全体を円滑に実施するためには、外部の目による定期的なチェックとそれに基づく修正が必要であると考えられる。外部の専門家からなる評価委員会は、年度末ごとに、各プロジェクトの進捗状況を評価し、助言する。

展望と課題

博物館の使命は、モノ(資料)や映像音響資料、それらに関する情報を収集し、研究、公開するとともに、管理、保存することである。また、資料の修復も重要な使命である。研究者や現地の人びとに資料の実物を見てもらうことが望ましいが、関心のあるすべての人が民博に来ることができるとは限らない。この物理的な問題を解決し、民博の博物館としての使命をまっとうしていくひとつの方法が、インターネットを利用して資料の映像や情報を公開することであろう。
スミソニアン協会の極北研究センターアラスカ支部のアラスカ先住民データベース(Alaska Native Collections, Sharing Knowledge) やブリティッシュ・コロンビア大学人類学博物館の北西海岸先住民データベース(Reciprocal Research Network, First Nations Items from the Northwest Coast)など、特定の民族や地域に関して、先住民と協働して作り上げたデータベースは存在する。しかし、eHRAF データベース(Human Relations Area Files Databases の電子版)を除けば、世界のさまざまな民族や地域をカバーする、文化資源に関するデータベースの集合体は存在しない。eHRAF にしても閲覧できる情報は一部の民族誌に限られているし、書き込み機能も有していない。したがって、フォーラム機能を持つ、世界各地の文化資源に関する情報ミュージアムは、世界に先駆ける試みのひとつである。
情報ミュージアムの構築と運用によって以下の3つの効果が期待できる。第1に、人類の文化資源に関する地球規模の質量ともに膨大な研究情報の共有化・共同利用化が実現される。たとえば、世界各地の仮面について形態や素材、製作方法、機能、社会的な意味、その他の民族誌情報、映像データなどについて時空間を超えた情報収集と比較を可能とするなど、モノを含むより広義の文化研究の展開が可能になる。したがって、情報ミュージアムの構築と活用は、文化資源に関する新たな研究領域の創成につながる可能性が高い。
第2は、フォーラム型の文化人類学研究の推進である。研究者と研究される人びと、それ以外の人びとが情報ミュージアムを通して、特定のテーマや文化資源についての議論や意見交換に参加することにより、文化資源に関するフォーラム型の文化人類学研究を推進することができる。その結果、これまでのように研究者が一方的に知識を創り出すのではなく、さまざまな立場の人びとが議論に参加することによって新しい人類知を生み出す可能性がある。
第3は社会的効果である。情報ミュージアムを利用することによって、大学・研究機関・博物館の研究者や学生のみならず、世界各地の人びとや、現地や国際情勢に関心のあるマスコミや企業などが、より正確な情報を入手することができる。とくに、文化資源の継承の危機に直面している人びとは、情報ミュージアムを活用することによって、自らや他者の文化資源の制作や継承についての情報に接することができる。当事者の人びとはそれらの情報をもとに、モノ作りや無形文化財の世代間継承や新たな文化の創造に取り組むことができる。
このフォーラム型情報ミュージアムを実現するためには、克服すべき技術的な問題がある他、館内外の研究者の協力と日本国政府からの支援を必要とする。今後、獲得できる予算額によって実施規模が左右されるが、民博では2014年4月より7年の期間でこのプロジェクトを推進していく予定である。