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韓国の出産準備物 (2021年3月)

(1)おくるみと「驚気」

2021年3月6日刊行 諸昭喜(国立民族学博物館助教)

おくるみ
おくるみに包まれた赤ちゃん=韓国、ソウル市で2013年3月10日、筆者撮影

韓国から日本に来たばかりのころ、ショッピングモールで、生まれて間もない赤ん坊を連れている若い夫婦を見てびっくりしたことがある。暑い夏だったので、母親は半袖で、赤ん坊はおくるみに包まれていたが手が出ており自由に動くことができた。「ダメだ。危ない!」と心の中で叫んだ。

韓国では赤ん坊が生まれると、顔だけを出して全身を白い木綿の布でしっかりと包んでおく。これは、母の体からでたばかりの赤ちゃんを、小さくて温かい子宮の中と似た環境におくことで、心理的な安定感を与えるという役割を果たしている。

私が「大丈夫かな」と心配したのは、おくるみにしっかり包んでおかないと、赤ちゃんは「驚気(キョンキ)」しやすいと信じているからだ。韓国の漢方の医学書では「驚風、驚悸(きょうき)」の病名で知られ、民間では主に「驚気」と呼ばれるのは、はっと驚く、ひどく泣く、食あたりを起こす、突然熱がでる、手足がひきつける、などの病状を広く意味する。

近代化以前は、赤ちゃんの主な死亡原因として、コレラ、はしかなどの感染病を除いて、広く知られていた。現在はコリック、新生児けいれんなどの西洋医学の病名にどんどん変わっているが、韓国では新生児は「自分の手を見ても驚く」とまだ信じられており、おくるみでしっかり包んでおく慣習が残っている。

(2)産着―ペネッチョゴリ

2021年3月13日刊行 諸昭喜(国立民族学博物館助教)

ペネッチョゴリ
初めての産着、ペネッチョゴリ。袖は赤ちゃんが爪でひっかいて傷ができないように手先で折り返せる=韓国・大田市で2021年2月3日、キム・ユヨンさん撮影

韓国では赤ちゃんに関連する言葉に「ママのお腹から」「生まれる前から」の意味で、「ペネッ」がついている表現が多い。たとえば、初めての産着を「ペネッチョゴリ」という。シンプルな、いわゆるチョゴリ(上着)の形で、身内の成人男性の服で作れば、子供の運が良いと信じられ、産み月に産婦がおじいさんの下着で布オムツとペネッチョゴリを作った、という話もよく聞いた。

中国では赤色の糸を用いたり、派手な色をしたりした産着があるが、韓国では白い木綿のものが普通だった。これは、産着に模様を入れたり染色したりすると、悪鬼が害を及ぼしにくるとか、子供が服に対して貪欲になると信じられていたからだ。ペネッチョゴリの打ち合わせにはリボン状の布ではなく、紐が使われていた。左側の紐が長いのは、その紐が子供の命と見なされているためである。七つまたは九つの奇数の撚糸で作り、赤ちゃんの胸部を一回りして縛れるようになっている。

最近は、紐が短く、パステルカラーの可愛い模様のペネッチョゴリが多い。寿命や悪霊などは迷信になっているのかもしれない。昔は、ペネッチョゴリは良い運が入っているお守りと信じられ、大事な試験や戦争の時、服の中に重ねて縫う慣習があった。今は、大切な思い出として保管されており、子供の幸せを望む母と家族の心は変わらない。

(3)へその緒の保管

2021年3月27日刊行 諸昭喜(国立民族学博物館助教)

へその緒印鑑
へその緒印鑑=韓国・大田市で2月4日、ナム・ボラさん撮影

妊娠8カ月頃に臍帯血を保管するかどうかを産婦人科医に聞かれた。臍帯血にある幹細胞が新生児だけでなく家族の難病にも役立つからという説明だった。しかし、臍帯血銀行の保管費用がとても高いので、あきらめると姑に伝えると、へその緒は子供の病気の薬になるから絶対捨ててはいけないと言われた。それで、へその緒を乾燥させて今でも持っている。

韓国の昔の風習では、へその緒を新生児の太ももあたりまで伸ばして白い木綿糸で縛り、男児は鎌で、女児ははさみで切った(地域差あり)。そしてへその上でぐるぐるに巻いておくと、2週間前後で取れる。それを干して子供の夜泣きやけいれん(驚気)に煎じ飲ませ、胎熱(一種のアトピーと見なされる)には燃やした灰をゴマ油に溶いて皮膚に塗った。へその緒は子供の万能薬として使われたわけである。

しかし、20代から40代初めの若い人たちは日本と同じように子供と母親が繋がっていた印、大切な思い出として保管している。その一つに「へその緒印鑑」がある。 印鑑の中にへその緒を入れて、表面の木に無病長寿を祈る模様(たとえば、不良長寿を象徴する「十長生」)を刻む。印鑑を押す文化がいつまで続くのか、へその緒が今後どういう形で保管されるのかは興味深い。