文化財レスキュー (2021年4月)

(1)被災文化財への支援

2021年4月3日刊行 日髙真吾(国立民族学博物館教授)

救出活動の様子
文化財レスキューにおける救出活動の様子=宮城県女川町で2011年6月、和髙智美氏撮影

東日本大震災から10年が経つ。この間、被災地では懸命の復興活動がおこなわれ、現在も継続中である。

10年前、私は、民俗文化財の保存修復の専門家として、被災地に赴いた。被災した博物館や資料館に収蔵されていた文化財を現場から取りだし(救出)、安全な場所に持ち込み(一時保管)、劣化の進行を抑制するための処置(応急処置)を行う文化財レスキュー活動の支援のためである。

こうした文化財レスキュー活動は、1995年の阪神・淡路大震災で初めておこなわれて以来、大きな災害のたびに実施され、日本における被災文化財対応として定着している。この活動のもっとも特徴的なことは、被災地の文化財担当者から要請があれば、博物館の資料であれ、個人宅の資料であれ、文化財レスキューの対象になるということである。つまり、地域にとっての文化財、地域文化をレスキューするということである。

なかでも数多くの要請がだされるのは、日常生活の記憶をとどめた民俗文化財や、その地域の歴史を記録した古文書類である。これらの資料は、日ごろはあまり顧みられていないことがほとんどである。しかし、災害により日常の暮らしが危機的な状況になると、その地域のアイデンティティの象徴となり、復興の原動力となっていくのである。

(2)地域文化の再発見

2021年4月10日刊行 日髙真吾(国立民族学博物館教授)

救出活動の様子
「松村屋根津家屏風包紙文書」の光学撮影調査=2016年7月、新潟県十日町市で和髙智美氏撮影

文化財レスキューでは、博物館や資料館、あるいは個人宅で所蔵されてきたものが救いだされる。こうした資料をあらためて丹念にみていくと思わぬ発見をすることがある。

2004年の新潟県中越地震で被災した十日町市の蕪木家文書の「松村屋根津家屏風包紙文書」もそのひとつである。この屏風の包紙は、慶応元(1865)年に2種類の大きさの古文書56枚を再利用して、当初は障子を保護するためにつくられた。古文書を読み進めると、第十四代将軍・家茂と推定される「御本丸」、家茂の正室「和宮」、第十三代将軍家定の正室「天璋院」、家定の生母「本寿院」などの名が記されていることがわかった。幕末において、十日町の越後縮が将軍家や大奥に納められていたことを裏付ける貴重な資料の発見となったのだ。

これらの古文書には、紙の継ぎ目や、上書きされた墨書に隠れて判読できない文字があった。そこで、これらの文字が判読できるよう、保存科学を専門とする当館の末森薫助教が光学撮影調査を実施し、解読作業の支援をおこなった。

このように文化財レスキューから展開した地域文化の再発見は、地域の自信となり、復興への大きな足掛かりとなる。文化財の保存を考える保存科学は、こうした活動をサポートできるのだ。

(3)地域文化を保存する

2021年4月17日刊行 日髙真吾(国立民族学博物館教授)

ワークショップ
住民向けの大般若経接合ワークショップ=宮城県石巻市で2020年11月、筆者撮影

文化財レスキューは、私たちのように外部から支援をおこなうだけではなく、地域の人たち自らの意思でもおこなわれている。宮城県石巻市釜谷では、大切に受け継がれてきた大般若経が被災した。この大般若経は、600巻の大般若経を100巻ずつ納めた六つの櫃を担ぎ、集落の家々を回る正月行事の釜谷大般若経巡行行事で用いられてきたものである。

2011年5月に住民によって救出された大般若経は、将来の修復に向けて、土砂を落とす作業と記録調査が12年に行われた。この活動には地域の住民も加わり、経巻を修理できる状態にするとともに、救出した経巻の数を確認した。その結果、600巻の内、表紙などをそろえて経巻のかたちに戻せるものは200巻余りであることが判明した。

20年11月。東北歴史博物館の小谷竜介氏が中心となり、文化財の保存修復の専門家による住民向けの大般若経接合ワークショップが開催された。現在も少しずつ、住民の手で作業が続けられている。

地域住民によって文化財レスキューされたこの大般若経は、近い将来、新しい集団移転地で巡行するかもしれない。新たな地で、文化が再生するかもしれないこの活動に、今後も注目していきたい。

(4)地域文化を活用する

2021年4月24日刊行 日髙真吾(国立民族学博物館教授)

素材製作の様子
3Dスキャナーを用いた「地域文化の宝箱」の素材製作の様子=2017年8月、筆者撮影

文化財レスキューしたものをどのように地域で受け継いでいくのか。この視点は、文化財レスキューの課題であり、文化の保存や継承を考える保存科学の課題でもある。

近年、こうした課題を考える際、地域文化の観光資源化がよく話題になる。地域で育まれた地域文化にたくさんの人が興味をもち、その地を観光し、さまざまな思いを馳せるという仕組みは、地域の活性化にもつながり、訪れた観光客も豊かな気持ちになれる。その点ではこうした観光での活用はとてもいいことだ。

一方で、その地域で生まれ育った住民は、どのようにして自身の地域文化を知ることができるのだろうか。もし、その素晴らしさに気づく機会がなければ、自身の地域文化の良さがわからないまま観光資源として活用することとなる。これまでは持続可能な活用に結びつかない。

そこで、私たちは地域文化を学校などの教育施設で学ぶことのできる「地域文化の宝箱」という教育キットを製作し、運用に向けて準備を進めている。

まずは地域住民が自身の地域文化を知り、その魅力を理解し、そのうえで、観光も含めた地域文化の資源化を考えていくことを目標としている。地域文化の継承には、地域住民とともに再発見し、保存し、活用することが求められるのである。