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「フォーラムとしての博物館」の新展開

2020年度に民博は、資料の取扱いにかかる指針やガイドラインを立て続けに新設した。著作権や肖像権といったグローバルな法令や規範遵守のために当事者から許諾を事前に得る必要性や、カルチュラル・センシティビティ(宗教や信仰などにおける文化的他者への敬意)に配慮する姿勢が明文化された。また、許諾を得るための書式も整えられた。

近年、世界の人類学博物館は、多文化共生社会の実現に向けた試行錯誤を重ねている。その一環として注目されているのがIndigenizationである。それは収蔵資料に関するソースコミュニティの人々(資料の制作者・使用者・その子孫)の意志や記憶や経験を博物館活動に反映させる試みのことである。民博はすでに創設20周年記念シンポジウムで、現館長の吉田憲司が「フォーラムとしての博物館」という思想を紹介した。それ以来、博物館活動の一角を担う展示に関しては、関係者の協働が目指され、その思想は徐々に定着しつつある。今回新設されたルールは展示に限らず、民博の活動のほぼ全てをカバーする。資料の収集、保存、研究利用、展示やオンラインデータベースを介した公開、返還や廃棄など、資料の一点一点の取扱いを通して、ソースコミュニティの人々の意志を民博の活動のあらゆる側面に反映させるための土台が整ったのだ。

ずいぶん昔に遠い異国の地で収集した資料の制作者や子孫を探し出して、彼らの意思を確認してから、合意に基づいた利用を展開する道筋を整えたこと。これは人類学博物館のIndigenizationとしては、世界的にも画期的な出来事といってよい。民博が創設されたのは1974年であり、世界の人類学博物館の中ではずいぶん若い方である。創設50年に満たない民博には、収蔵資料の制作者本人と再会できるチャンスがまだ残されている。制作者本人が逝去している場合でも、遺族や、その資料にまつわるストーリーに出会える可能性は少なくないだろう。

今回新設されたルールを法令遵守のための事務手続きの見直しと捉えるのはもったいない。法令遵守はもちろん重要だが、人類学博物館とソースコミュニティの人々とを他でもないその資料を介して再び巡り合わせ、その資料の現在の状況に関する情報共有を果たし、同時にその資料にまつわる新たなストーリーを収集して博物館活動に展開する機会を制度化した、と捉える方がはるかに意義深いだろう。つまり民博は続く50年を見据え、ソースコミュニティの人々との情報共有や収蔵資料の文化的な生命力の回復も視野に入れた「フォーラム化」をこれまで以上に推進するために、積極的にルールを整えたのだ。問題はその運用である。私は、今後の運用次第では、人類学博物館のIndigenizationのブレークスルーが本当に起こると考えている。

伊藤敦規(国立民族学博物館准教授)



関連写真

(※)2020年度に新設されたのは「国立民族学博物館・博物館活動倫理指針(日本語版・英語版)」、「著作物利用許諾書(日本語版・英語版)」、「国立民族学博物館 インターネットによる学術情報公開のための指針」、「インターネットによる学術情報公開のためのガイドライン」の四つである。2021年4月11日、筆者撮影。



本資料目録データベースをはじめとして、館外からでもアクセスが可能な民博ホームページに掲載されている標本資料のサムネイル画像は32,400画素以下に設定されている。今回新設されたルールの施行日以降、それをクリックして32,400画素以上に拡大表示できるとする。それは、以下の6つのいずれかを意味する。①当該資料が著作物で、その著作権者が民博に著作権を委譲していること。②当該資料が著作物で、著作権者が民博に対して公衆送信にかかる利用許諾を与えていること。③当該資料が著作物で、著作権譲渡や利用許諾取得が未了でも、文化庁が定める裁定制度を利用することで民博による公開が認められていること。④当該資料は著作物だが、著作権で保護される期間がすでに過ぎていること。⑤当該資料は著作物だが、何か特別な基準を民博が独自に設け、それに則って公開していること(その場合はその基準が明記される)。⑥当該資料の「思想または感情を創作的に表現したもの」という著作物性を民博が認めなかったこと。さらに、著作物性の有無にかかわらず、⑦民博がソースコミュニティの人々にコンタクトをとり、カルチュラル・センシティビティに該当しないことを確認したこと、も意味する。
①②が望ましいが、それが不可能なら③という選択肢が残されている。ただし③の申請は著作権者探しが前提となる。④⑤⑥だとしても⑦を経ているということは、彼らへの情報共有と意思確認が済んでいることを意味する。資料画像の公衆送信という一事例にも、民博が資料のソースコミュニティの人々に歩み寄る姿勢がよく表れている。
なお、標本資料目録データベースのH0268568のページには2つのサムネイル画像が掲載されている。作者のジェームス・チアマ氏から資料画像を公衆送信する許諾を得ているので、クリック後に32,400画素以上の拡大画像が表示される(上記②に該当)。H0268616は銀細工を作る上で欠かせない糸鋸の刃である。貴重な資料には変わりないが、工業製品なので著作物性は認めず、誰からも許諾を得ることなく32,400画素以上の拡大画像が表示される(上記⑥に該当)。H0074943からH0074948の6点は、ラビットブラッシュという植物(シヴァアピ)を草木染めした状態のものである。これは米国先住民ホピの枝編み籠(ンギャプ)を編むための材料となる。完成した枝編み籠は著作物と判断されるが、その材料自体は著作物とは認められないので、32,400画素以上の拡大画像が表示される(上記⑥に該当)。
https://htq.minpaku.ac.jp/databases/mo/mocat.html(2021年4月20日確認)



H0268568の作者で、民博に利用許諾を授けてくれたジェームス・チアマ氏。2010年9月2日、筆者撮影。



H0074943からH0074948の6点は、枝編み籠(ンギャプ)の材料となる草木染めしたラビットブラッシュという植物(シヴァアピ)である。民博3階のスタジオで熟覧するホピのラムソン・ロマテワイマ氏(右)とベンドリュー・アトクク氏(左)。熟覧の様子は映像収録し、2020年度から民博2階の多機能端末室で公開中である。なお、映像利用に関する許諾は本人から書面で取得した。2015年4月22日、筆者撮影。