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インドネシアの不思議 (2021年5月)

(1)ぬれた細いデニム

2021年5月1日刊行 金悠進(国立民族学博物館機関研究員)

細身のデニムパンツ
インドネシアの高校生たちがはく細身のデニムパンツ=2017年8月、筆者撮影

なぜ細身のデニムパンツをはいている人が多いのか。私の「インドネシア七不思議」の一つである。

インドネシア人の服装観察は私の趣味だ。若者は好んで細身デニムをはきたがる。ここ10年くらいの流行だろうか。男女階層関係なくなぜかはきたがる。女性の場合は、韓国ドラマやK−POPの流行もあり、韓国人タレントへの憧れからそれをはく人もいる。

現地では調査対象者と似た服装をすることが私の常だ。細身デニムをはいていたある日、夕立がきた。豪雨のなかの帰り道、足がずぶぬれになった。宿に着きすぐに足を洗おうとした、その時だった。これだ!私の中で一つの答えが見つかった。細身デニムは、足が洗いやすい。

インドネシア人の約9割はイスラム教徒であり、敬虔なムスリムは1日5回の礼拝を欠かさない。礼拝前には必ず手足をきれいに洗う。その時、なんて細身デニムは足を洗いやすいのだろうか。裾を折り返さなくても下がってこない。膝から下をすっと上げるだけでよい。

細身デニムはファッションに過ぎないのかもしれない。だが、私のなかではこれがしっくりくる「宗教的」理由だった。もしかしたら、女性のベールがイスラム教徒としての一つの証しだとするならば、欧米風の細身デニムもそうだったりして。

(2)意思をもつカセット

2021年5月8日刊行 金悠進(国立民族学博物館機関研究員)

カセットのショーケース
マランの音楽博物館に陳列されたカセットのショーケース=2018年2月、筆者撮影

基本的にフィールドに行くことが嫌いな私だが、調査中、思わず感動する瞬間もある。東ジャワ州マランにある「インドネシア音楽博物館(Museum Musik Indonesia)」に行ったときのことだ。設立して間もない博物館である。館内に入ると大量のインドネシアのレコードや雑誌が保管・展示されており、研究資料の宝庫にみえた私は、興奮した。

ふと、カセットの陳列棚の前で何か違和感に気づき、立ち止まった。多くの古いインドネシア・カセットが分類して陳列されているのだが、その分類がジャンル別ではなく、地域ごとに区切られているのだ。これは面白い。普通なら、このカセットはポップ、これはロックというふうに分けるだろう。だが、この棚は、スマトラ、カリマンタン、スラウェシ、バリと音楽家の出身地別にカセットが分けられている。それゆえ、東ジャワの棚には全く異なるジャンル、時代のカセットが同じ棚に名前順に陳列されている。

「多様性の中の統一」は、多様な民族、宗教、地域が一つにまとまることを志向する国是だ。ジャンルという産業的枠組みで文化を分類するのではなく、各地方の多様で豊かな文化をありのまま表現する。そのあり方に、この国の、異なる地域の文化に対する敬意と尊重の意思を感じた。

(3)反シティーポップ?

2021年5月15日刊行 金悠進(国立民族学博物館機関研究員)

秘密のグルメ倶楽部
映像作品「秘密のグルメ倶楽部」の一部
©︎Natasha Tontey 提供:KYOTO EXPERIMENT

最近インドネシアで、日本の「シティーポップ」が、はやっているらしい。昨年にはインドネシア人ユーチューバーのレイニッチさんが、1979年にヒットした松原みき「真夜中のドア~Stay With Me」を見事な日本語で完コピし、日本のメディアも注目した。

そんなある日、京都でインドネシアのナターシャ・トンテイという芸術家の映像作品「秘密のグルメ倶楽部」を鑑賞した。タブー視されているカニバリズム(人肉食)をテーマにしたものらしい。案内文には植民地や文化人類学に対する批判が書かれており、なにやら難しそうだ。上映時間は45分間。初めの40分間はそうした「真面目」な構成だ。家族がお互いの「人肉」を食うグロテスクな内容で、あまりにも前衛的すぎて作品の隠喩を理解するのに苦労した。

いやあ、カニバリズムは奥が深い、そんな訳知り顔で鑑賞中、突然「真夜中のドア」が流れ始めた。「ん? エンドロールか?」と一瞬思ったのもつかの間、半裸の変態男性が登場し、同曲をインドネシア語で歌い踊り狂っているではないか。しかもそれが超のつくほど下手なのだ。歌詞は放送禁止用語の連発で、あまりにばかげている。人類学だのカニバリズムだの難しいことを言っておきながら「全部冗談だばか野郎」と言わんばかりにフザケまくっている。この類いまれなるギャグセンスに、脱帽。

(4)アジアの「未来へ」

2021年5月22日刊行 金悠進(国立民族学博物館機関研究員)

「サヤン」を大合唱する若者たち
首都ジャカルタの大規模フェスティバルで「サヤン」を大合唱する若者たち=2018年10月、筆者撮影

3年前、インドネシア滞在中に、嫌でも耳に入ってくる曲があった。「♪サ〜ヤ〜ン(Sayang)」。ん? 「♪ほ~ら~」? 聴いたことがあるぞ。「未来へ」だ。

沖縄出身の2人組Kiroroの「未来へ」(1998年)。実はシティポップよりも松原みきの「真夜中のドア」よりも、アジアを席巻している。これまで中国などでカバーされてきた。しかし、この「サヤン」は「カバー」ではない。

2012年に台湾の歌手が「未来へ」をカバーしたのを聴いたインドネシアの歌手が、原曲を知らずに台湾バージョンをジャワ語で歌い、さらにそれを聴いたジャワの少年2人が、原曲を知らずにラップ調で歌い、さらにそれをジャワの人気女性歌手が歌い、大ヒット。動画投稿サイト「ユーチューブ」での再生回数は2億回に上る社会現象となった。

マレーシアやフィリピンでも「未来へ」は人気らしい。だが面白いのは、インドネシアだけ自国の曲と思い込んだまま、勝手に許可なく流用しバズって(話題になって)しまったということである。背景には(良くも悪くも)あまりにも希薄な著作権意識が横たわっている。

とはいえ、沖縄の音楽が国境を超えて迂回し、南へ飛び立ち、インドネシアではじけた、この偶然の産物を、愛でようではないか。

(5)大統領と握手

2021年5月29日刊行 金悠進(国立民族学博物館機関研究員)

音楽フェスティバルに現れたジョコウィ大統領
ジャカルタの音楽フェスティバルに現れたジョコウィ大統領(右)=2017年10月、筆者撮影

インドネシアの現大統領ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)と握手した。しかも、ジャカルタの音楽フェスティバルで。

私は音楽フェスが苦手だ。疲れるし、音楽を研究している以上、好みではないバンドの演奏も見なければならない。この日も、仕方なしにフェスに参加していた。だが、さすがにこれは興奮した。

それは伝説的フォーク歌手エビート・G・アデの演奏中だった。多くの若者に交じり私も彼の歌に聴き入っていた。だが、何やら後ろが騒がしい。すると、エビートの後ろのスクリーンに、見覚えのある人物が映った。ジョコウィだ! 大統領のサプライズ登場に、現場は騒然となった。

日本で首相がフェスに登場したら「大問題」だが、ジョコウィは違う。メタル好きの「庶民派」として知られ、親しみやすい人柄で人気も高く、「抜き打ち現場視察」は大統領の得意技だ。Tシャツ姿のラフな格好で観衆の前に現れたジョコウィを、私はミーハー感満載で追いかけた。思い切って手を差し出すと、ジョコウィはそっと手を握ってくれた。その時、大統領は何か私に話しかけた。だが、メタルバンドが爆音で演奏中だったため聞き取れなかった。でも、私には、「元気ですか」と言われた気がした。少し、元気がでた。