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仏領ギアナは「どこ」?

2020年3月、私は仏領ギアナでフィールドワークをしていた。仏領ギアナは、南米・ブラジルの北にある、フランスの海外県だ。新型コロナウィルス感染症の拡がりをこの地で経験したことで、「地域」とは何なのか、私はあらためて考えさせられることになった。

仏領ギアナには、多様な人々が住んでいる。多くはアフリカからの奴隷の子孫であるクレオールだが、南米先住民もいるし、宇宙センターで働くヨーロッパ系の人々もいる。また、ブラジル、スリナム、ハイチといった周辺国からの移民・難民も多い。そのなかで私は、ラオスからきた少数民族であるモンの人々を調査していた。モンは、難民として仏領ギアナにやってきてジャングルを開拓し、野菜や果物を住民全体に供給する農民としての地位を確立している。

3月の中頃には、フランス本土ではコロナ禍が深刻になっていたが、仏領ギアナではまだ「対岸の火事」だった。そんなある日、ラオス系農民(彼はモンではなかったが)の家で聞き取りを終えてくつろいでいると、テレビでマクロン仏大統領の演説が始まった。なんと、翌日から新型コロナ対策のため移動制限措置を実施し、原則的にEU圏外の外国人の入国を禁止するという。慌てて私は予定を変更し、日本に帰ることにした。なんとかパリ経由の帰国便チケットを取り直してほっとした瞬間、ふと思った。「マクロンはシェンゲン圏外からの入境は禁止と言ってたな。でも、仏領ギアナってシェンゲン圏内なんだっけ」。調べてみるとやはり、フランスの海外県は、国境審査なしでヨーロッパ内の移動を認めるシェンゲン協定の対象からは外れていた…。

結局、日本にたどり着くことはできたのだが、仏領ギアナが「どこ」なのか、この経験を通して私は考えなおすことになった。(移動制限措置が厳格に実施されたように)明確にフランスの一部だが、(シェンゲン圏外という点では)ヨーロッパには含まれていない。(スリナムやブラジルとの人の流れが絶えないように)南米に組み込まれているが、(奴隷や難民の歴史を通して)アフリカやアジアと結びついている。仏領ギアナは、どの地域に属しているのかはっきりしない。むしろ、いくつもの「地域」が重層的に重なり合う場所としてイメージしたほうがよさそうだ。

仏領ギアナは、特殊なのだろうか。アジアのなかに日本があり、日本のなかに日本人がいるというような、収まりのよい地域のあり方のほうが正常なのだろうか。恐らくそうだろう。しかし、逆に仏領ギアナのような場所をモデルとして考えてみることで、ひょっとしたらグローバル化のなかの「地域」をよりよくとらえられるようになるのかもしれない。

中川理(国立民族学博物館准教授)



関連写真

ブラジルから仏領ギアナを望む。川で隔てられてはいるが、日帰りであれば国境審査なしで行き来できる。2020年3月13日撮影



中心都市カイエンヌの中央市場。野菜や果物の売り手の多くはモンである。2020年3月14日撮影