Select Language

イラン料理の教え 時間をかける重要性

2022年8月6日刊行
黒田賢治(国立民族学博物館助教)

みんぱくにも職員食堂があり、日替わりで2種類の定食がある。どちらにしようか、食い意地の張った筆者を悩ませる種である。

筆者が調査するイランでも、町の食堂に「日替わりメニュー」がある。とはいえ、1種類なので迷うことはない。一週間は土曜から始まり、土月水はレンズ豆と羊肉のトマトシチューであるホレシュテ・ゲイメ、日火木はインゲン豆と羊肉をパセリやコリアンダーなどの多数の香草と煮込んだゴルメ・サブズィーという「日替わり」である。どちらも塩と油で炊きあげた米とともに食べることが多い。

筆者が初めてイランを訪れた2000年代前半には、昼食は一日で一番大切な食事であり、家族と過ごす大切な時間だった。

正午の礼拝時間から午後4時ごろまでが昼休みという会社や、昼からは一時閉店という商店がほとんどだった。昼の帰宅と午後の出勤のための交通渋滞とクラクション音も日常茶飯事だった。

首都テヘランの家庭で振る舞われたホレシュテ・ゲイメ
首都テヘランの家庭で振る舞われたホレシュテ・ゲイメ
=2019年3月12日、筆者撮影

当時の筆者にとって、長い昼休み時間は調査を遮るものであり、苦々しくもあった。近所の食堂で食べる「日替わりメニュー」は、長い昼休みを1人で過ごした思い出とともにあった。

ところが、10年も経(た)つと、昼に職場から帰宅する人はめっきり少なくなっていった。午後を過ぎても商店のシャッターが開いていることは当然となっていった。

おかげで複数の調査先や書店を訪れることもできるようになった。それに加えて、調査先で調査相手と昼食をとる機会も増えた。

出前を頼んだり、家から持参したり、あるいは職場で作ったりと、同僚と昼食をとることが当たり前になった。気がつくと、「日替わりメニュー」はフードパックに入り、調査相手と一緒に食べるものになっていた。

共食は人とのつながりを築くうえで重要と言われる。しかし、調査相手と一緒に昼食をとる機会が増えたにもかかわらず、それほど調査相手との距離が縮まるまでの時間が短くなったとは思えなかった。昼食を一緒にとることの意味も日々の時間の流れも変わってしまっていたからだ。

もっとも、家庭に上がり込んでいただく食事のおいしさは十数年経っても変わらない。「日替わりメニュー」も食堂で出されるものと、時間をかけて丁寧に作られた家庭料理では別物である。美味(おい)しい料理を囲むと、自然と会話も弾み、時間はすぐに過ぎていく。

煮込み料理の多いイラン料理のコツの一つは、じっくりと時間をかけることだ。他者を知るという筆者の調査も同じで、じっくりと時間をかけることが重要なのだ。