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フィールド調査のための空手稽古

わたしが調査を行ってきたイランの都市部では、サッカーに次いで競技者人口が多いと言われているスポーツが空手である。雑居ビルや体育館を中心に街の各所に道場があり、世界大会で活躍する選手も少なくない。イランに空手が紹介されたのは1960年代後半である。したがって、 わずか半世紀の間で急速に広まったといえる。だが、その道のりは順調ではなく、時に社会の大きな変化の波を受けてきた。

イランでは1979年に革命がおこり、イスラームの理念に適った政治・社会運営を掲げる国家体制が作られた。 スポーツを含む文化的コンテンツについても、イスラームの見地から妥当性が検討されてきた。こうした背景から独特のスポーツ文化が育まれ、近年でも空手道場で道着姿でのコーラン(クルアーン)の朗誦会が開かれることも少なくない。筆者が調査の際に何度か訪問した団体は、モスクの地下やモスクに併設する施設を道場としており、 空手の修練もイスラームの実践の一部とみなして、 稽古に励んでいる。

筆者はこれまで彼らの空手について近代スポーツのグローバル化という観点から検討しており、調査も道場主や道場生へのインタビューを中心に行っていた。そのため、調査で 稽古に参加しなくてはならない訳ではない 。しかし空手に対する理解を示し調査相手との親密度を深めていくうえで、道場での調査時にも稽古に参加したり、技を受けたりする こともある。

こうした調査で時に必要とされる体力は、結局のところ日ごろから養うしかない。特に打撃に対する耐性は、何かしらの 格闘技をしていないと対処できるものではない。そんな背景もあって、毎週体のどこかにあざを作りながら日本でも空手を続けている。フィールドから離れても調査は続いているのだ。

黒田賢治(国立民族学博物館助教)



関連写真

写真1 不動立ちする空手家たち(2016年1月6日 筆者撮影)


写真2 イスラーム法の解釈について講義を受ける空手家たち(2016年9月22日 筆者撮影)


写真3 稽古で技を受ける筆者(左)(2021年7月17日 窪田達撮影)