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日本人抑留者からカザフ人家族にわたされたレコード

カザフスタンに初めて留学した1999年、ホームステイ先のカザフ人女性が1枚のSPレコードを特別にかけてくれた。「このレコードは、戦後に母が日本人抑留者から入手したのよ」と聞いて驚いた。なつかしい雰囲気のメロディーが流れ、「馬車が行く行く・・・夕風に・・・」というのびやかな歌声が雑音の向こうから響く。レコード盤の文字はすりきれ、何の歌か調べてほしいと頼まれたが、手をこまねいたまま時が過ぎてしまった。

最近になって思い立ち、歌詞を手がかりに調べたところ、「いとしあの星」(作詞:サトウハチロー、作曲:服部良一、歌:渡辺はま子)だと判明した。1939年に日本コロムビアから発売されたレコードで、もう一面の曲は「白蘭の歌」であることもわかった。満洲を舞台にした恋を描く新聞連載小説「白蘭の歌」(久米正雄作)をもとに同名の映画が作られ、人気俳優の長谷川一夫と李香蘭が主演した。その主題歌が、この二つの歌であった。

1945年、満洲でソ連軍の捕虜となった日本人が、このレコードをはるか離れたアルマトゥの収容所まで持ち込んだのであろうか。旧ソ連カザフ共和国(現在のカザフスタン)に抑留された日本人は約6万人近くに上り、過酷な環境下で道路の敷設や建物の建設などに従事した。厳しい所持品検査をかいくぐり、抑留者がレコードを持っていたのは稀有なことであろう。そして、抑留者はこのレコードを手放し、カザフ歌謡のレコード数枚を受け取ったのだという。

日本のレコードを大切にするカザフ人女性は、次のように語る。「子どもの頃からこの歌声を聴いてきたの。初めは蓄音機で、後には電動のレコードプレーヤーで。気分がすぐれない時、病気の時に聴いたものよ。歌詞は全くわからないけれど、メロディーに魅了されたの。このレコードを持っていた抑留者の子孫に、大切にしていると伝えられたらよいのにね」。数千キロを移動し、80年以上にわたって聴かれ続けてきた1枚のレコードに、歴史の重さをひしひしと感じずにはいられなかった。

藤本透子(国立民族学博物館准教授)

関連ウェブサイト

国立国会図書館「歴史的音源」
なお、みんぱく図書室の視聴覚室ではカザフ音楽のCDも利用可能。



関連写真

写真1 レコードを大切にしているN. ジャカシェヴァさん(アルマトゥ市、2023年)


写真2 日本人抑留者からわたされたレコード「白蘭の歌/いとしあの星」(日本コロムビア、1939年発売)


写真3 日本人抑留者が建設にたずさわった、カザフスタン共和国科学アカデミーの建物(アルマトゥ市、2013年)