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新型コロナ感染症を越えて―新着のドゥルガー女神像

9月14日からみんぱくで開催している特別展「交感する神と人-ヒンドゥー神像の世界」で、ひと際目立つのがドゥルガー女神像である。四体の神がみを従え、魔神マヒシャを打倒した瞬間をとらえた女神像は、荒々しいエピソードを踏まえた像にしては不思議な静謐感も漂う。この像は、インド西部のコルカタ市から海を越えてやってきたが、もう一つ越えねばならない大きな障害があった。それが新型コロナ感染症である。

常設の南アジア展示場にも大きなドゥルガー女神像が展示されているが、こちらは1991年の特別展「ヒンドゥー世界の神と人」に合わせて収集された像で、剥落した部品もあるし、衣装の色落ちも進んできている。元来10日間程度の祭礼が終われば海に流すことを前提につくられた像である。30年余りを経てもなお像としての威厳があることじたい素晴らしい。しかし、資料保存の観点からもこれまでの像はそろそろ休ませ、時代の変化が反映された、より鮮やかな像を収集し直したいと考えた。

コルカタ市のドゥルガー女神祭礼はインドでも非常に名高く、像も豪華である。女神像の大半は、伝統的に土器つくりを担ってきたカーストの人びとが発注に応じてつくる。1991年の像をつくった職人とは既に連絡が取れない状態だったため、今回は職人を探すところから始めた。知り合いのつてを頼り、コルカタ市を訪問、当代の職人のなかでも定評のある方にコンタクトを取り、寸法やデザイン、材質を相談し、半年以内に作成という約束をした。近年はより耐久性があって軽いグラスファイバーで作ること、また女神像を単体としてつくるのではなく、多くの神がみを一つの台の上に載せるのが人気と聞いた。そこで時代に合わせた材質と様式での作成を依頼した。2020年1月末のことだった。

これはちょうど新型コロナ感染症が中国から世界各地に広がりだした時期にあたる。新像作成の交渉中に、インドで感染症の最初の患者が確認されたというニュースが報じられていた。その時は、筆者も制作の職人の方も、まさかあのように世界中で大きな流行になるとは思ってもいなかった。

しかし、ほどなくしてインドは全土がロックダウンされ、最も厳しいときには誰もが自宅から外出すら出来なくなった。流行の最盛期を過ぎても2021年までは大人数が集まる祭礼の実施は禁止されていた。そのため、ドゥルガー女神像の制作もみんぱく向けはおろかか、国内向けにも全く止まってしまったのである。流行期間中は筆者もインドに行くことは出来なかった。職人の皆さんがかなり厳しい時期を過ごさねばならなかったことは、メールを通じてしか分からず、もどかしい思いを重ねざるを得なかった。

インドは昨年には新型コロナ感染症への厳しい対処方針を緩め、寺院への参拝や祭礼の挙行も比較的自由に行えるようになった。職人の方からも「もう像の作成に取り掛かれる。2020年の取り決め通りの像を作っても良いか」という問い合わせを貰った。感謝の念をもって是非作成を再開してほしい旨を伝えた。

みんぱくから依頼した像は、像の職人が集住している街区で最初に制作が再開された。近所や通りがかりの人びとから像の制作目的を聞かれ、答えるたびに皆から喜ばれているという連絡も職人から貰った。完成したときは皆でちょっとしたお祝いの行事もして下さったそうである。コロナの苦しみを乗り越え、新しい日常に戻ってゆく。みんぱく依頼の像がそのためのささやかな力になっていたとしたら、これほど嬉しいことはない。

像の装飾品はきらびやかだが、かなり壊れやすい作りになっている。それをコンテナに梱包し、船便で輸送することには相当神経を使った。それでも昨年10月、像は無事にみんぱくに到着した。当初は常設展示場のリニューアルが目的だったが、コロナの間に筆者が実行委員長となって特別展を開催する計画が本格化し、新しい女神像はまずは特別展でお披露目することになった。特別展が終了したら、常設展示場の女神像と交代する計画である。

コロナを乗り越え、海も越えてやってきたドゥルガー女神像に会いに来ていただければ幸いである。

三尾稔(国立民族学博物館教授)

関連ウェブサイト

特別展「交感する神と人―ヒンドゥー神像の世界」



関連写真


写真1 特別展示場の新ドゥルガー女神像。(2023年9月。筆者撮影)



写真2 常設展示中のドゥルガー女神像。女神が単体で、新像より背が高い。(2023年9月。筆者撮影)



写真3 新ドゥルガー女神像の到着。コンテナの梱包材を取り除いているところ。(2022年10月。筆者撮影)