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みんなのタダ飯

イギリスのグラストンベリーで見かけた、誰でも使えるコミュニティ・フリッジ(公共冷蔵庫)と、誰にでも無料のお食事についてです。

その冷蔵庫が、グラストンベリーに設置されたのは、3年前の夏。新型コロナウイルスに伴うロックダウン中、ある店が空き倉庫を利用して、スーパーから無料で譲り受けた賞味期限切れの食べ物を配布し始めた。この活動は 、町や信託団体の支援を受けながら拡大し、中心部にある町のホールの隣に冷蔵庫を設置するに至った(写真1、2)。今でもボランティアが管理し、ほぼ毎日、午前9時から午後4時まで利用できる。スーパーからのパンや野菜が多いが、自宅の庭でとれたリンゴや豆を置いていく人もいる。

こういった取り組みは、同じ時期に世界各地に広がり、日本にも設置され始めている。生活困窮者への支援と思われがちだが、グラストンベリーの場合、誰もが利用できる。通りしなに覗き、欲しいものがあれば持ち帰る。それだけ。さすがに気になって、ボランティアの一人に聞いてみた。「私でもいいの?」「誰でもいいの。フードロスの削減が目的だから」

誰でもいい、ときいて、学生時代に手伝ったクリスマスランチを思い出した。その年、 ある教会が寄付とボランティアを募り、クリスマスの当日、無料のランチ会を開いた。クリスマスを1人で過ごす孤独な人々や生活困窮者を念頭においていたようだが、誰が来てもよかった(写真3)。そして実際、様々な人がやってきた。興味深かったのは、「孤独な人々」や「生活困窮者」の枠に入りそうな人々が「ここはボランティアが必要なのよ」と言い、お皿の片づけや給仕を手伝い出したことだ。

その様子を見ながら、思った。誰もが対象だったので、彼らは、自分は孤独だ、生活困窮者だ、もっといえば「支援される側だ」と思わずに済んでいるのかもしれない、と。

グラストンベリーでは、ほとんど毎日、どこかの教会や団体が町の中心部で食べ物を「みんな」に向けて、無料で配っている(寄付は歓迎)。スープとパン(写真4)、ヴィーガンカレー(写真5)、サンドイッチ、紅茶とビスケット。どこもけっこう「繁盛」している(そしておいしい)。誰にでも開かれた「タダ飯」というのは、必要としている人も躊躇せず、堂々と食べ物をもらいに行ける機会をつくっているのかもしれない。

河西瑛里子(国立民族学博物館助教)

関連ウェブサイト

Glastonbury Community Fridgeのフェイスブックページ



関連写真


写真1 タウンホールの隣の、1人しか入れないほどの狭い空きスペースを活用。パンで埋まった、この棚の向かいに冷蔵庫がある。
(筆者撮影、グラストンベリー、2022年9月10日)



写真2 コミュニティ・フリッジの張り紙。上の紙は、野菜や果実、ハーブやお花の種を希望者に無料配布するお知らせ。
(筆者撮影、グラストンベリー、2021年8月19日)



写真3 教会でのクリスマスランチ。
その後、訪れる人数が増え続けたので、2016年からは場所を町のホールに移し、町議会が運営に関わるようになったときいた。
(筆者撮影、グラストンベリー、2010年12月25日)



写真4 クリスマスランチを始めた教会は2015年から、毎週スープとパンを配布するようになった。
新型コロナウイルスによる制限中は持ち帰りのみだったが、今では以前のように、教会の中で食べられる。
(筆者撮影、グラストンベリー、2017年6月23日)



写真5 インド系の宗教を実践するイギリス人が始めたヴィーガンカレーの配布。
人にあげた分だけ、自分たちに返ってくるという考えに基づく。
(筆者撮影、グラストンベリー、2017年5月24日)