吟遊詩人の世界
各地を広範に移動し、詩歌を歌い語る吟遊詩人はいにしえから存在した。閉塞した日常を異化する力を持つ吟遊詩人は畏怖の対象とされ、またときには社会的周縁に追いやられてきた。例えば、私が人類学の調査を行ってきたエチオピアでは、弦楽器を弾き語る楽師アズマリのパフォーマンスが祝祭儀礼や娯楽の場など、様々な機会に要請される。アズマリはかつて王侯貴族お抱えの楽師であったと同時に、歌を通して支配者に抵抗する存在でもあった。また、庶民の意見を代弁するメディアでもあった。
アズマリの歌唱の場では、歌い手のみならず聴衆も即興で詩を創作し、歌い手に投げかける。歌い手はそれらの詩を一字一句復唱するのだ。恋愛、死生観、人生訓、さらには権力者批判についての詩が行き交い味わい深い。近年は、新型コロナウィルスの世界的な蔓延、巨大なダムの建設をめぐる隣国との外交摩擦、そして2020年から2年間続いた、エチオピアの内戦についての詩が、歌い手と聴衆のあいだで好んでやりとりされる。
国立民族学博物館では、この秋に特別展『吟遊詩人の世界』を開催する(会期:9月19日~12月10日) 。本展は、吟遊詩人を詩歌の歌い語りに基づき、「ここ」とは異なる空間を顕現させ、世界を豊饒に読み替える存在としてとらえる。各国において長期のフィールドワークに従事する経験豊かな研究者たちが本展の実行委員として関わる。そしてエチオピアのアズマリ、ギニアのグリオ、ネパールのガンダルバ、インド、バングラデシュのバウル、日本の瞽女(ごぜ)からラッパーをはじめ、アジア、アフリカの吟遊詩人の活動を紹介する。展示に関連した映画上映、レクチャー、パフォーマンスも行われる予定だ。地域をまたいだ吟遊詩人同士によるジャムセッションも企画されている。ぜひご覧いただきたい。
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関連写真
酒場で弦楽器マシンコを弾き語るアズマリ
(川瀬慈撮影、2022年、アジスアベバ)
酒場で弦楽器マシンコを弾き語るアズマリ
(川瀬慈撮影、2022年、アジスアベバ)
酒場で弦楽器マシンコを弾き語るアズマリ
(川瀬慈撮影、2022年、アジスアベバ)