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モンゴル人と輪廻転生 未来志向のグリーフケア

2024年11月4日刊行
島村一平(国立民族学博物館教授)

多くのモンゴル人は輪廻転生を信じている。草原の遊牧民の家を訪ねると、僧侶のように坊主頭で数珠を持った高齢の女性に出会うことが少なくない。彼女たちは酒や煙草をやめ、良き来世に生まれ変わることを願って、数珠を片手にひたすら真言を唱えるようになる。男性も老いると剃髪し、同様の暮らしを送る。

さて人が亡くなると、まずラマ僧が呼ばれ、「黄金の器を開く」という占いの儀礼が執り行われる。これは、モンゴルに伝わるチベット仏教の占星術で、故人をどちらの方角にどのような形(埋葬・風葬・火葬)で葬るか、などが占われるものだ。

草原に建ち並ぶ仏塔=モンゴル・ウブルハンガイ県で2016年、筆者撮影
草原に建ち並ぶ仏塔=モンゴル・ウブルハンガイ県で2016年、筆者撮影

モンゴルでは、16世紀後半以降、チベット仏教が広まった結果、風葬つまり草原に安置して立ち去る方法が一般的になった。草原に置かれた遺体は猛禽類などに食され、自然に返る。ただし20世紀になると、同盟国であるソ連(現ロシア)の影響で都市や定住地の郊外に墓地が作られ、土葬されるようになった。近年、首都のウランバートルでは人口の急増と都市の拡大に伴い、墓地不足が深刻化し、都市部では火葬が行われている。

中国やインドなどチベット仏教が普及する地域では普通、菩薩の化身とされるダライ・ラマのような「化身ラマ(生き仏)」の生まれ変わりを探すことはあっても、一般の人の生まれ変わりを探すことはしない。これに対し、モンゴルの葬礼では、故人の生まれ変わりを親族から探す風習があるのが特徴だ。

現地調査で遭遇した出来事を紹介したい。あるモンゴル人女性が病気で亡くなった。29歳の若さだった。家族は悲嘆に暮れた。モンゴルでは人が亡くなると遺体のどこかに印をつける。生まれ変わりを探すための目印である。死者は近い親族に転生すると信じられているからだ。四十九日を過ぎると喪明けとなり、年忌法要の類いも一切行わない。

果たして1年後、亡くなった女性の弟に息子が生まれた。印をつけた場所に黒子がついていた。父母は娘、弟や妹は姉の生まれ変わりだと可愛がった。ところが翌年、今度は妹にも娘が生まれた。なんと印部分に痣があった。妹は我が子こそ亡き姉の生まれ変わりだと訴えた。そこで家族会議となった。父親が言った。「きっと魂が二つに分かれたのだろうよ」。こうして生まれた子たちは2人とも転生者となることになった。転生者は特に家族から深い愛情が注がれる。故人のことはあまり語られなくなった。

輪廻転生は遺族を支える「グリーフケア」の点でも極めて優れた文化装置だ。近しい人を失った悲しみが新しい命に対する愛情へと自然に変換されていく。日本では仏壇という装置を使い、あたかも生きているかのように故人との対話を続ける。これも素晴らしいグリーフケアだが、モンゴルの文化は未来志向の癒やしであるように思われた。