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人類の拡散と舟の歴史 本邦初公開のクラカヌー

2025年10月6日刊行
小野林太郎(国立民族学博物館教授)

人類史において舟が誕生したのはいつごろだろうか。舟やカヌーといった水域を移動する道具の本格的な利用は、私たちホモ・サピエンスの出現以降といわれる。最初に登場した舟の候補は筏(いかだ)やあし舟。木の幹や草を束ねれば作れるシンプルな舟だ。5万年以上前にオーストラリア大陸へ渡った人類が使った船は、竹筏だったという説もある。

一方、3万年前頃までに琉球諸島の島々に到達した人類が使った舟は、丸木舟だったとする説が有力だ。国立科学博物館が主導した実験航海が、丸木舟で台湾から与那国島への渡海に成功したのは記憶に新しい。2万~1万年前にアメリカ大陸に到達した人類にとっても、舟は重要な道具だった。北アメリカでは、アザラシなど海獣の皮を使ったカヤックや樹皮を素材にしたカヌーも生まれた。いずれも漕ぐことで前に進む舟だ。

みんぱくの特別展で展示中のクラカヌー=藤井真一氏撮影
みんぱくの特別展で展示中のクラカヌー
=藤井真一氏撮影

さらに3500年前ごろ、東南アジアからオセアニアの島々へ新たに拡散したオーストロネシア語族の人びとは、安定性の高い舟を生み出した。本体となる舟の片側か両側に、浮きとなる支え棒(アウトリガー)が付いたカヌーである。これにより人類は、南太平洋の多くの島々へも移住することに成功した。

中には東南アジア方面からインド洋を越えて、アフリカのマダガスカル島に移住した例もある。人びとがインド洋にも進出していたことは、南アジアの沿岸部や島に、今でもアウトリガー式カヌーが使われている地域があることからも想像できる。

ここで紹介できた舟は、世界の各地で活躍してきた舟のごく一部である。私たちが生み出してきた舟は実に多様性に満ちているが、みんぱくには、そんな世界の舟が200隻以上も収蔵されている。これらは約50年におよぶ研究活動の中で、世界各地で収集されてきた。しかし、その多くは予算やスペースの問題もあり、展示として一般公開できぬまま、収蔵庫で静かに保管され続けてきた。

現在、開催中のみんぱくの特別展「舟と人類-アジア・オセアニアの海の暮らし」(12月9日まで)では、先に紹介したより古い歴史を持つ可能性のある筏やあし舟から、アメリカ大陸の舟、そして南太平洋やインド洋、日本を含む海域アジアで活躍してきた舟を一挙に公開中である。

中でも目玉となるのは、ニューギニアで収集されたクラカヌー。全長10メートルもあるこのアウトリガー式カヌーは1980年代に収集され、今回が本邦初公開である。

パンダナスという木の葉を素材とするその帆も大きく、この展示のため収集地で、島民たちに新たに作ってもらった。またその構造は、日本の古墳時代に活躍した準構造船とも共通性が高い。特別展では他にも、多数を展示中だ。この機会にぜひご覧いただきたい。

関連ウェブサイト

特別展「舟と人類―アジア・オセアニアの海の暮らし」