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先住民と情報化する社会の関わり

研究期間:2020.10-2023.3

代表者 近藤祉秋

キーワード

都市先住民、デジタル人類学、アイデンティティ

目的

本研究の目的は、都市化・情報化が進行する現代社会の中で先住民の人々がどのように生活世界を構築しているかを比較研究の手法に基づいて明らかにすることである。世界各地の先住民社会で都市部への移住、もしくは伝統的生活圏の都市化が進行していることはよく知られている(青柳・松山『先住民と都市』青木書店、1999年)。しかし、近年、情報化社会の到来にともない、これまで論じられてきた「都市と先住民」の主題に加えて、「情報技術と先住民」の関わりを考える必要が生じてきている。スマートフォン、SNSなどの通信技術が登場することで先住民の人々の生活はいかに変化したか。とりわけ伝統的生活圏と都市部の間で情報のやり取りが容易になったことは、どのような影響をもたらしているか。デジタル空間上で先住民自身による情報発信がなされるようになった一方で、先住民を含むマイノリティに対するヘイトスピーチが横行しているが、先住民の「デジタル主権」をどのように考えることが可能か。本研究はこれらの問いに貢献することを目指す。

研究成果

本共同研究を通して、世界各地の先住民社会でデジタル化が進展している様が紹介されたが、デジタル化の進み具合や現地で生じている事象は様々であることがわかった。北米、南米、オーストラリア、ニュージーランドなどを中心に先住民運動の文脈でソーシャルメディアが利用され、都市と伝統的コミュニティの両者で先住民による主流社会に対する異議申し立てがおこなわれている。先住民言語や民具などの文化遺産管理においてもデジタル化が進み、先住民自身による情報発信や記録がなされ、日常的な親族との付き合いなどの文脈においても頻繁にデジタル技術が利用されている。
オーストラリアや日本などでは、先住民に対するオンライン上でのヘイトスピーチも盛んになっている。これらの点については先住民の人々自身や非先住民の協力者がツイッターのハッシュタグを利用したアクティビズムを展開し、問題への対処や抵抗を始めている。
これらの地域においては、人々は先住民文化に埋め込まれた形でデジタル端末やアプリを利用する場合も多いが、同時に文化的規範を侵犯・迂回する等、先住民社会内部でこれまで生じなかったような混乱や交渉が生じる場合もある。そのため、メディア人類学者のギンズバーグが論じた先住民メディアの「埋め込まれた美学」に加えて、「埋め込まれているが閉じられていない」という視点が重要である。
先行研究や研究会メンバーの発表で指摘された、上記の状況は先住民の人々の間でスマートフォンが普及し、(現在でもデジタルデバイドなどの問題は残っているが)比較的自由にインターネットを閲覧する環境が整備されていることを前提としている。
他方で、社会主義国を中心としてインターネットの検閲がなされている社会では、体制批判を含むソーシャルメディアの自由な利用には難しい側面もあり、検閲をかいくぐるための工夫が見られたり、その国独自のやり方に基づく主流社会との交渉の方法が継続して用いられたりする場合もあった。デジタル先住民研究の先行研究では、北米、オセアニアなどの自由主義国家での状況を前提として議論を進めている場合が多く、インターネット上の検閲や監視がおこなわれている地域での調査は手薄であるため、今後より一層の研究が必要であることが明らかになった。

2022年度

最終年度は、共同研究の成果論集に向けてこれまでの議論を整理してまとめていく。年度前半はメンバーおよび外部講師による発表(予定テーマ;携帯電話の導入と狩猟採集民社会の遊動性、コロナ禍における儀礼のオンライン開催)をおこなう。年度後半は、これまでの研究報告の整理とそこからみえてくる理論的枠組みの検討、成果論集の構想などについて討議する。これまで先住民のSNS利用について扱った研究では社会運動との親和性が指摘されていたが、それらの点に加えて、親族関係の強化や再構成など、通信技術の発展にともなう先住民の生活変化についても議論の深化を図る。また、オンライン調査の手法に関する知見を集めることを継続し、デジタルメソッドを利用したヘイトスピーチ団体の研究を進めることができるか検討する。なお、日本文化人類学会での分科会開催については成果論集が出版されてから改めて企画を練ることになった。

【館内研究員】 伊藤敦規、平野智佳子
【館外研究員】 神崎隼人、北原次郎太、栗田梨津子、土井冬樹、長岡慶、額田有美、山越英嗣、尤驍、渡辺浩平
研究会
2022年5月15日(日)13:00~17:00(国立民族学博物館 第5セミナー室 ウェブ開催併用)
渡辺浩平(国立民族学博物館)「アメリカ先住民ナバホの文化復興とデジタルメディア――言語教育を事例に(仮)」
長岡慶(東京大学)「ヒマーラヤにおける化身の政治とソーシャルメディア――インド国境の民モンパの環境運動の実践」(仮)
2022年7月16日(土)13:00~15:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
深山直子(東京都立大学)「NZマオリはCOVID-19をどのように経験したのか――ウェブ情報から考える先住的レジリエンス」
2022年10月23日(日)13:00~17:15(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
マーク・ウィンチェスター、是澤櫻子(国立アイヌ民族博物館)「ウポポイと報道――道内新聞を中心とした内外発信における類似と相違分析に向けて――」
青木陽子(Counter-Racist Action Collective NORTH)「2020年ウポポイ開業を触媒としたアイヌヘイトのとる形——アイヌ関連ツイートの計量テキスト分析から」
2023年1月28日(土)10:00~12:00(ウェブ開催)
近藤祉秋(神戸大学)・平野智佳子(国立民族学博物館)「先住民とデジタル化する社会――成果論集に向けた理論的検討」
研究成果

最終年度は、これまで発表をおこなっていなかったメンバーに研究発表をおこなってもらうとともに、ゲストスピーカーを招聘し、コロナ禍におけるマオリのオンラインエスノグラフィーやアイヌのヘイトスピーチに関して検討した。年度の後半では、成果論集に向けて準備作業を進めた。とくに代表者と民博担当教員を中心に「先住民とデジタル化する社会」というテーマに関する先行研究を収集し、論考にまとめた。この論考は近日中に投稿予定である。民族誌的および理論的な検討の結果、デジタル化は都市化、グローバル化と相互に関連しあいながら先住民社会(および先住民研究)で進展している第3の変化であり、この点を社会運動、文化遺産、日常実践などの多様な側面から明らかにしていくアプローチが求められていることが明らかになった。このようなアプローチでは、メディア人類学の先行研究で論じられた先住民メディアの埋め込み性(embeddedness)を参考にしながら、デジタル化がもたらす新しい状況の中で文化的規範を時に破ったり、それを迂回したりするようなこともある先住民の姿も含めて描いていくことが目指されている。

2021年度

本年度は、新型コロナウイルス感染拡大の現状を鑑み、研究会の開催はオンラインと対面を組み合わせる。研究会を3~5回開催する(5月、7月、9月、11月、1月)。オンライン研究会の場合、1回2時間程度の短いものとし、開催頻度を5回程度とする。感染状況が劇的に改善した場合、対面での研究会開催に随時戻し、一回ごとの開催時間を長くして開催頻度を調整する。各自がオンライン調査・国内調査・文献渉猟など(海外渡航が可能になった場合は海外フィールドワークも)をおこない自分の研究地域に関する情報収集を続けるとともに、デジタル民族誌の方法論・調査倫理およびアイヌ民族に対するヘイトスピーチ問題という共同研究全体のテーマについても検討を始める。特別講師は先住民メディア制作論、情報学研究者などを予定している。最終年度に組織する日本文化人類学会での分科会に向けて発表者の人選・要旨提出・コメンテーター打診などの準備を進める。

【館内研究員】 伊藤敦規、平野智佳子
【館外研究員】 北原次郎太、栗田梨津子、土井冬樹、額田有美、山越英嗣、渡辺浩平、神崎隼人、尤驍
研究会
2021年5月16日(日)10:00~12:00(ウェブ開催)
北原モコットゥナ(北海道大学)「否認とパターナリズム――アイヌ民族をめぐるヘイトスピーチと公的言説――」
今年度の活動に向けての打ち合わせ
2021年8月25日(水)13:00~17:00(ウェブ開催)
伊藤敦規(国立民族学博物館)「現代米国先住民研究におけるデジタル協働民族誌の可能性」
山越英嗣(都留文科大学)「デジタルテクノロジーによるオアハカのストリートアートの変容」
2021年11月14日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
神崎隼人(大阪大学大学院)「オンライン上のイシュー・パブリックとしての現代アマゾニア先住民:ウェブクローリングを用いたデジタル人類学的アプローチ」
2022年2月19日(土)13:00~17:30(ウェブ開催)
尤驍(神戸大学大学院)「台湾原住民の日常生活におけるSNSの活用――生活世界におけるつながりの維持と拡大をめぐる一試論」
大石侑香(神戸大学)「グラスノスチの再評価――情報化社会における先住民の意見表明のかたち」
今後の研究活動に向けた打ち合わせ
研究成果

2021年度は計4回の研究会を実施した。研究会で報告された事例では、先住民によるデジタルプラットフォーム上での社会運動を扱うものが散見され(北海道、メキシコ、アマゾン、シベリアなど)、デジタル技術と先住民運動の親和性が確認された。他方で、自由主義国と社会主義国の間にネット検閲の有無や好まれる運動のあり方の違いがあり、デジタル技術をめぐる国家間での違いについても目を向けなければならないことがわかった。また、コロナ禍で海外調査が実施できない状況が続いている中で、デジタル民族誌の方法論に関する議論が盛んになされた。フェイスブックやツイッターなどのSNSを通じた情報収集が用いられたのは昨年度と同様であったが、新しくデジタルメソッドやクラウド上での民族誌データのやり取りなどの新しい手法が紹介された。2021年度の議論を通じて、本共同研究の枠組みを日常実践、社会運動、文化復興、方法論の4パートに整理することができ、最終年度のまとめに向けて研究会全体の方向性を定めることができた。

2020年度

初年度(2020年度後半)は、参加研究者の研究関心について共有するとともに、共同研究の趣旨および方向性のすり合わせを実施する(第1回:10月予定)。現地調査の実施に向けて、担当地域の都市人類学・情報人類学的な先行研究に関して、文献収集の結果を報告する(第2回:1月予定)。これらの作業を通じて共同研究全体としての問題意識を共有した上で、各自が長期休暇を利用して、海外・国内での予備調査をおこなう。各年度の現地調査に関しては参加研究者各自の科研費などを利用して実施するため、本研究計画の経費には含めない。また、新型コロナウィルス感染拡大の状況によっては、研究会をZoomなどを介してオンライン上で開催したり、調査地への渡航を延期・中止したり(代替調査法としてデジタル民族誌的調査法も検討中)といった感染拡大防止の措置をおこなう。

【館内研究員】 伊藤敦規
【館外研究員】 北原次郎太、栗田梨津子、土井冬樹、額田有美、平野智佳子、山越英嗣、渡辺浩平
研究会
2020年11月1日(日)13:00~17:00(国立民族学博物館 第6セミナー室 ウェブ会議併用)
顔合わせ
近藤祉秋(神戸大学)「趣旨説明」
近藤祉秋(神戸大学)「デジタル民族誌の実践――社会的距離化時代の民族誌調査に向けて」
平野智佳子(神戸大学)「オーストラリア中央砂漠の村――都市間を移動するアボリジニの携帯電話の使用方法」
今後の研究活動に関する打ち合わせ
2021年1月23日(土)10:00~12:00(ウェブ会議)
土井冬樹(神戸大学大学院)「デジタル化する集会:日本に移住したマオリによる文化・言語の学習機会」
栗田梨津子(神奈川大学)「オーストラリア都市先住民の社会運動におけるSNSの活用――今後の研究に向けて」
2021年3月16日(火)10:00~12:00(ウェブ会議)
額田有美(国立民族学博物館)「コロナ時代のコスタリカの先住民土地回復運動――リモートエスノグラフィーの実践に向けて」
来年度の活動に向けての打ち合わせ
研究成果

第1回目の研究会ではスマホやSNSの利用に関して、アボリジニとアラスカ先住民の事例報告がなされた。第2回の研究会では、マオリとアボリジニによるSNS利用に焦点が当てられ、先住民言語の再活性化や社会運動のための利用がなされていることが論じられた。第3回の研究会でも、コスタリカ先住民の事例からSNS利用が論じられ、SNSが土地回復運動で重要な役割を果たしていることが明らかになった。初年度の成果としては、先住民社会においてSNSが多岐にわたる目的で利用されているが、その中でも社会運動や抵抗運動との親和性が高いことが確認された。デジタル人類学の先行研究ではオンライン上での参与観察が盛んに論じられてきた(Horst & Miller 2012など)が、ネット接続が不安定な場合も少なくない先住民社会の研究においては文字情報による非同期型の調査方法を見直す必要性があることが示唆された。来年度はコロナ禍におけるデジタル人類学の方法論についてもより詳細に検討していく。