Select Language

戦争・帝国主義と食の変容――食と国家の関係を再考する

研究期間:2020.10-2024.3

代表者 宇田川妙子

キーワード

戦争、食、国家

目的

現在の食の状況はきわめて複雑で激しい変化にさらされているが、そうした現状につながる重要な歴史的モメントの一つとして、戦争・帝国主義をあげることができる。
そもそも食は国力の基盤である。よって戦争・帝国主義は、国内の食に対してだけでなく、国や地域を越えて食を移動させ変容させる重要なモメントになりうる。本共同研究では、主として、帝国主義的な国家の拡大路線が強まった19世紀末から20世紀半ばの食の変化に着目し、戦争や帝国主義がそれぞれの国・地域の食にどんな変容をもたらし、現在の食のあり方にどう影響を与えているのかを、ヨーロッパとアジアの事例を中心に明らかにする。その変化には、国家だけでなく市民(階層・ジェンダー差等も考慮)、兵士、専門家、市場(闇も含む)、メディアなどの多様なレベルや立場・主体が関与している。ゆえに個々の事例をそれらに留意しながら比較検討することによって、より一般的な意味でも、食の変容メカニズムにかんする試論や論点を提示し、現代社会の食のあり方を再考する一助にしたい。

研究成果

本共同研究は、期間中コロナ禍のなかで個別事例の発表の多くはオンラインで行わざるを得なかったが、1年間の延長によって最終年度は対面開催によって全体討議と成果発信に関する議論を深めることができた。
さて本共同研究では、メンバーによって報告された欧米とアジアにおける13事例をとおして、それぞれに国家・帝国権力の構造や位置づけや、帝国側か植民地側かによる違いはあるものの、近代の国民国家が、19世紀から20世紀にかけて国民国家化をさらに推し進めるとともに、帝国主義化し覇権を増して領土を拡大していこうとする過程で、国内のみならず(植民地化を進める)国外においても、食にかかわる施策がますます重要な意味を持つようになってきたことを具体的に明らかにした。そしてそのことが各地の食に大きな変容をもたらし、その影響は現在にまで続いていることも確認した。ただし、それは国家権力側(とくに帝国側)による一方向的な動きではなく、それぞれの社会における民族・人種間関係、階層、性別、都市と地方などの要因も関与しており、きわめて複雑な様相を呈していることも明らかになった。また、国民国家化はどの時代・社会にあっても隅々まで行き届き機能しているわけではなく、その間隙でそれを利用する個人の動きに注目することが、食の変容を考察するうえでは非常に重要であるとも指摘された。これらのことは、食をめぐる動きや変化に着目して考察することは、同時に、国家権力とはいったい何だったのかを逆照射することを意味する。また、そこには、当該の食が、主食のようなものなのか、そうではないのか等による違いも関与しており、そのことを含めて考えていくと、より多角的に国家権力の在り方を浮かび上がらせることができるだろう。そして、そうした多角的で複雑な様相が最も顕著に表れるのが、帝国主義的な国家権力の発露の一つである戦争である。よって本共同研究では、最終的に、その典型である二つの世界大戦を軸に時系列に事例を並べなおすことによって、食から国家権力の在り方を問い直すという形での出版をおこない成果の公表とすることにした。

2023年度

本共同研究では、昨年度まで共同研究のメンバー全員が各自の関心にもとづいて研究発表を行った。本年度はそれに基づき、戦争・帝国主義と食の関連かんする一般的な議論の創出にむけて論点を抽出し、議論を深めて行き、成果出版の計画を具体化していくため、2回の研究会を計画する。1回目は、各自がそれぞれの発表をもとに研究会全体を俯瞰しつつ総合討論を集中的におこなう。2回目は、成果出版にむけ、書籍の主旨・構成とともに、各自の論文の要旨・方向性について議論する。必要に応じて、とくに研究メンバーがカバーしていない地域の研究者を特別講師として招くことにする。

【館内研究員】 諸昭喜、野林厚志
【館外研究員】 井坂理穂、石田憲、小田なら、秦泉寺友紀、新田万里江、林淑美、林史樹、藤原辰史、牧みぎわ、劉征宇
研究会
2023年7月1日(土)13:30~17:30(国立民族学博物館 第3演習室 ウェブ開催併用)
成果公開に向けた全体討議:各自の担当章にかんする議論、コメンテーター 和田萌(東北大学助教)
2023年7月2日(日)9:30~12:30(国立民族学博物館 第3演習室 ウェブ開催併用)
成果公開に向けた全体討議:全体構成にかんする議論、コメンテーター 同上
2023年10月21日(土)9:30~18 :00(国立民族学博物館 第3演習室 ウェブ開催併用)
研究全体の打ち合わせ
民博常設展における食関係展示見学
成果公開に向けた全体討議:各自の担当章の内容、全体構成にかんする議論
発表者:メンバー全員、コメンテーター:和田萌(東北大学)
研究成果

本年度は、共同研究の最終年度として、昨年度までのメンバーの研究発表に基づき、戦争・帝国主義と食の関連にかんする一般的な議論の創出にむけた論点を抽出するとともに、成果出版の計画を具体化していくため、予定通り2回の研究会を行った。1回目で行われた総合討論では、ヨーロッパとアジアの事例を振り返りながら、それぞれ国家・帝国権力の構造や在り方、および帝国側・植民地側による違いはあるものの、近代の国民国家権力が帝国主義化し覇権を増していく19世紀から20世紀にかけて、国民国家を統治し拡大していくうえで、国内のみならず(植民地化を進める)国外においても、食にかかわる施策がますます重要になってきたこと、そしてそのことが、現在にも続くような食の変化に大きな影響を与えていることが確認された。ただし、その変容は施策や制度化等の国家・帝国の権力側の動きだけで理解することはできないことも明らかになった。そこにはそれぞれの国家・社会における民族間の関係、社会階層、ジェンダー、都市と農村、内部の地域差などのさまざまな差異や課題が複雑に関与しており、また、そうした歴史的社会的状況を背景として企業家など個人という次元の動きにも(とくに市場やメディア等において)注目する必要があることも指摘された。そうした議論を踏まえて、2回目の研究会では、成果出版にむけ、書籍の主旨・構成とともに、各自の論文の要旨・方向性について議論した。

2022年度

昨年度同様、まずはメンバー各自の個別事例にもとづく研究発表を引き続きおこなう。今年度はこれまでの発表で扱ってきた地域や時代とは若干異なる米国やベトナムなどの事例を取り上げ、これまでの事例と比較しながら、さらなる議論の深化を試みる。そして特に後半は、本年度が本共同研究の最終年度であることに鑑み、メンバーがこれまで発表した個別事例を総括し、戦争および帝国主義と食との関係に関して、より一般的な視点からの総括的な議論を積極的におこなっていく。その際にはまず、地域差、時代差、そこに関わる多様な主体・権力のあり方、立場や視点の相違などを考慮しながら論点整理を行う。そして成果発表を念頭に置きながら、戦争・帝国主義と食の関わりを議論する意義や、戦争時の食のあり方がその後の現代社会にどう影響しているのかについても考察し、その過程で各メンバーも、各自の事例を総括的な議論をもとにさらに再考していくことにする。

【館内研究員】 諸昭喜、野林厚志
【館外研究員】 井坂理穂、石田憲、小田なら、秦泉寺友紀、新田万里江、林淑美、林史樹、藤原辰史、牧みぎわ、劉征宇
研究会
2022年5月21日(土)10:00~12:30(ウェブ開催)
野林厚志(国立民族学博物館)「戦争プロパガンダと食べもの――第二次世界大戦期における台湾メディアを手がかりに」
2022年7月31日(日)13:30~16:00(国立民族学博物館 第1演習室 ウェブ開催併用)
秦泉寺友紀(和洋女子大学)「戦間期イタリアにおける食と女性」
2022年10月9日(日)13:30~16:00(国立民族学博物館 第2演習室 ウェブ開催併用)
新田万里江(武蔵大学)「第一次世界大戦期アメリカ合衆国と小麦―― 帝国主義と家政学の視座から」
2022年11月5日(土) 13:30~16:00(国立民族学博物館 第2演習室 ウェブ開催併用)
小田なら(日本学術振興会/東京外国語大学)「ベトナムにおける食と医薬:インドシナ戦争・ベトナム戦争期を中心に」
2023年2月23日(木・祝) 13:30~17:00(国立民族学博物館 第2演習室 ウェブ開催併用)
発表者:宇田川妙子(国立民族学博物館)「パルマのトマト缶とイタリアの近代・国家」
コメンテーター:和田萌(東北大学助教)
全体討議
研究成果

本年度は本共同研究の3年目にあたり、これまで発表していなかったメンバー5名が各自の事例にもとづいて発表をし、毎回、それにもとづいた議論を行った。具体的には、ヨーロッパ(イタリア)、アジア(台湾、ベトナム)、アメリカの事例を取り上げるとともに、第1次世界大戦、第2次世界大戦だけでなく、インドシナ戦争・ベトナム戦争も事例とすることによって、より局地的な戦争も視野に入れた議論を行うことができた。とくにアメリカやベトナムの事例は、これまでの事例とは異なる立場や、戦争・帝国主義をめぐるより周辺的な事例として議論を多角化することができた。また、食と戦争・帝国主義との関連を考えるための論点として、メディア(プロパガンダ)、女性役割、食と医薬との関連性、家政学という学問、保存加工等の産業化など、これまで以上に幅広いテーマを掘り起こすことができた。そして年度の最後に、今後の成果出版を念頭に入れた全体討論をおこなった。本共同研究は、来年度も成果のとりまとめのために1年延長する予定である。よってその前に、これまでのメンバー全員の議論を振り返るとともに、戦争・帝国主義と食の関係をより一般的な視点から考察する上での論点等を予備的に洗い出した。来年度は、その議論をもとに成果のとりまとめを具体的に進めていく。

2021年度

各自の問題意識と研究テーマ・対象について意見交換を行った昨年度の全体会合を基盤として、各自の個別事例にもとづく研究発表を引き続き行っていく。今年度はおもに二つの世界大戦に焦点を当て、アジアとヨーロッパそれぞれの地域を対照させながら議論が出来るような形で研究会を計画する。その際、国家側だけでなく、一般国民側の生活や視点を積極的に導入し、その視点の重要性・有効性をどう活かすかについて議論を深めていくことにする。個別研究発表としては6名前後を計画している。また、最終年度に向けた論点整理のため、全体討論を積極的に設け、戦争と食との関わりにかんする議論の広がりを探っていきたい。なかでも、戦争時の食のあり方がその後の現代社会にどう影響しているのかについて考察していく。

【館内研究員】 諸昭喜、野林厚志
【館外研究員】 井坂理穂、石田憲、小田なら、秦泉寺友紀、新田万里江、林史樹、藤原辰史、牧みぎわ、劉征宇、林淑美
研究会
2021年5月15日(土)10:00~12:00(ウェブ開催)
林淑美(京都大学国際高等教育院)「カムチャッカ産の塩マスを好んだ台湾の⼈びと――⽇露戦争が変えた⽇常の⾷事――」
2021年9月13日(月)13:30~16:30(国立民族学博物館 第2演習室 ウェブ開催併用)
井坂理穂(東京大学)「植民地期インドにおける飲酒とナショナリズム」
今回の発表に関するディスカッション
これまでの研究に関する中間ディスカッション
2021年10月2日(土)13:30~16:30(国立民族学博物館 第2演習室 ウェブ開催併用)
牧みぎわ(桃山学院大学)「両大戦間期イタリアにおける小麦の品種改良――「小麦戦争」の遺産と20世紀の育種」
今回の発表に関するディスカッション
これまでの研究に関する中間ディスカッション
2022年1月7日(金)13:30~15:30(国立民族学博物館 第1演習室 ウェブ開催併用)
諸昭喜(国立民族学博物館)「”給⾷がパンでごめんね”―朝鮮戦争後の⼩⻨補給と⼩⻨粉に対する認識」
2022年1月29日(土)13:30~15:30(ウェブ開催)
林史樹(国立民族学博物館)「朝鮮における洋食の浸透とフランス料理の普及――食を通してみる国家の覇権争い」
2022年3月7日(月)13:30~15:30(ウェブ開催)
石田憲(千葉大学)「戦争と食をめぐる断章取義――地中海における本国・植民地、中心・周辺の視座から」
研究成果

本年度は、各自の問題意識と研究テーマ・対象について意見交換を行った昨年度の全体会合およびメンバー2名の個別事例の発表に引き続き、メンバー6名の個別事例にもとづく研究発表を行った。前半はおもに20世紀前半、すなわち2つの世界大戦期に焦点を当てアジアとヨーロッパそれぞれの地域を対照させながら議論を行い、後半では、それ以外の時代の事例にかんしても目を向けることによって比較対象も試みた。地域としては台湾、韓国、イタリア、東地中海地域、インドを具体的に取り上げた。そして年度途中、全体討論を2度おこない、戦争・帝国主義と食の関係を、今後より一般的な視点から考察する上での論点等を中間的に洗い出す作業も行った。そのなかでは、国家や帝国側権力と、それを利用または抵抗する個人(民間)との複雑な関係、ナショナリズム等のイデオロギーや健康等の概念や思想(の移入)との複雑な関係、食などのモノの移動だけでなく人の移動という観点を意識することの重要性、ジェンダー(特に女性や家内領域)に注目する必要性、さらには生鮮食品や加工食品による違いなど多くの論点が挙げられたが、とくに現段階では比較の重要性について議論が集中した。その際、周辺地域での事例を積極的に取り上げる意義についても指摘があった。また、食をとおして戦争/帝国主義の複雑な様相を明らかにしようとするのか、戦争/帝国主義という場を通して食の複雑さに注目しようとするのか、それぞれ観点を明確に意識化する必要性も確認した。

2020年度

初年度(2020年度)は少なくとも2回の研究会を実施する予定である。採択後、早期に初回研究会を開催し、代表者が本研究の趣旨と研究の大筋を提示しながら研究会の具体的な進め方について検討する。そして以降、その議論に沿って、3年度目前半までメンバーによる報告と議論を行っていくことにするが、そのうち初年度は、とくに概論的なテーマにかんして、メンバーによる発表を行う予定である。

【館内研究員】 諸昭喜、野林厚志
【館外研究員】 井坂理穂、石田憲、小田なら、秦泉寺友紀、新田万里江、林史樹、藤原辰史、牧みぎわ、劉征宇、林淑美
研究会
2020年11月14日(土)13:30~17:00(ウェブ会議)
宇田川妙子(国立民族学博物館)「「戦争と食」研究の趣旨説明」
全員・各自の研究構想
2020年11月28日(土)10:00~12:00(国立民族学博物館 第6セミナー室 ウェブ会議併用)
藤原辰史(京都大学)「第一次世界大戦期の飢餓体験とナチス/ドイツおよび帝国日本」
全体討議
2021年3月6日(土)10:00~12:00(国立民族学博物館 第2演習室 ウェブ会議併用)
劉征宇(国立民族学博物館)「毛沢東時代の中国における戦争、統制経済と食生活――朝鮮戦争以降の天津都市部を事例に」
研究成果

1回目の研究会で、代表者による趣旨説明を行うとともに各メンバーが研究テーマ・対象を提示することによって、共同研究全体の問題意識の共有と戦争と食というテーマにかんして想定される論点について議論をおこなった。以降はメンバーの研究発表を2回開催し、ドイツと中国の事例にかんする議論を行った。前者は、世界大戦という規模も史的インパクトも大きな戦争について、しかも帝国ナチス・ドイツの側による食の統制や殖民等にかんする総括的な発表であり、食と戦争を一般的に考える上でのモデルの一つを提供するものとなった。後者は、打って変わって世界大戦後の冷戦期の中国に着目し、さらには都市部の生活をミクロな視点から叙述・分析した発表であり、戦争・帝国主義と食にかんする多様な事例の比較検討の必要性が浮き彫りになった。その一方で、食の生産や流通にかかわる具体的で詳細な視点の必要性(たとえば戦時における肥料などの輸出入など)、食の調理・消費にかかわる女性やジェンダーという視点の必要性、農学などの専門家や思想の影響、子どもの食への着目、戦争の記憶の影響など、共通して論じることのできる論点も具体的に出てきている。