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グローバル化時代における「観光化/脱-観光化」のダイナミズムに関する研究

研究期間:2019.10-2023.3

東賢太朗

キーワード

観光、脱-観光化、グローバル化

目的

本研究は、多様化し拡大する観光現象を文化人類学的に捉え、新たな理論的転回を図ることを目的とする。
1980年代以降、文化人類学は観光という現象に着目するようになった。しかし、観光社会学ではJ.アーリやS. ラッシュらのグローバル論と関連付けながら新たな理論的展開を遂げたのに対し、人類学内部ではその現状をうまく捉えきれず、2000年代以降、観光研究は停滞しつつある。
そして現在、観光の形態はさらに多様化している。それは戦争など負の歴史を次世代へと伝え(ダークツーリズム)、移住を検討させ(移住観光)、自然と人間の共存を教育し(エコツーリズム)、アニメ作品などのファンと交流を図り(コンテンツツーリズム)、衰退した地域社会を再興させるものである(地域文化観光)。つまりこれまでまったく別々の文化現象だったものが、「観光」という文脈に包含されつつあるといえる。
他方、これまで観光の文脈で語られてきたものが、環境破壊や地域住民と観光客とのコンフリクトの増加などにより、制限され、文脈をずらされるという現象も起きている。 本研究ではこれらの過程を「観光化」「脱-観光化」と概念化し、考察を深める。具体的には、①国内外の諸事例がいかにして「観光」の文脈に包含され/「観光」の文脈からずらされていったのか、その詳細を実証的に検討し、②グローバル化の議論を批判的に参照しつつ、人類学全体を見据えた新たな視座の構築を目指す。

研究成果

本共同研究は新型コロナウィルスのために1年延長し、2019年10月より2023年3月まで3年半にわたり実施した。2019年度と2022年度を除き、感染状況悪化中はすべてウェブ会議で研究会を開催した。また、当初各メンバーが予定していた国外フィールドワークは、ほぼすべて実施することができなかった。そのため計画を修正し、各メンバーのこれまでの事例と、部分的に可能であった国内フィールドワークの成果を用い、それらを人類学および隣接領域の理論によって分析することから、下記の成果を上げることができた。
①「観光化」と「脱観光化」の理論構築
従来、不可逆的であるととらえられてきた「観光化」の動きに対し、本共同研究では観光の縮小、停止、方向転換を含む「脱観光化」という新たな視座を提示した。その二者の関係は対立的なものではなく、むしろコインの表裏のように不可分であり、社会的な状況に応じて一方から他方への揺れや偏りがみられる。観光は社会と関係しながら影響を与え、またその状況下に位置付けられ進行する現象である。
②人類学的観光研究の方法論的刷新
観光の人類学的研究の現在の停滞について、社会理論構築志向型の観光社会学やモビリティ研究と、地域密着型でありつつ利潤追求を目的とする観光経営学やマネージメントの二つの領域の検討を行い、観光の人類学の方法論的な刷新を模索した。可能性として、(a)短期滞在のゲストのみならず長期滞在するホストの情報を入手し、2者の交流や関係に注目する「ホスト/ゲスト」論のさらなる展開、および(b)「脱観光化」という補助線を引くことにより、観光現象において社会理論に組み込むことができず、また利潤も生まない民族誌的情報の積極的な活用、の2点があげられる。
③社会的分断に抗する「善きもの」としての観光の可能性
オーバーツーリズムや環境破壊など、観光の負の影響が注目される中で、「善きもの」として観光が作用する様相を、観光の現場における民族誌的事例として提示した。とくに、確固とした連帯や共同性として立ち上がる以前のつながりや関係性が、観光地における偶発的なコミュニケーションにおいて多く見られること、またそれらが現在の社会的分断とは異なった時空間に向けて生起することが指摘できた。

2022年度

4年目(延長)の2022年度は、前年度の期間内に制限されていた現地調査と対面での研究会を2回実施し、メンバー各自の調査報告を可能な限り対面で共有する。しかし、Covid-19の状況下で現地調査と対面研究会がかなわない場合は、メンバー各自が代替調査や追調査、文献研究などを行い、2回のオンライン研究会で共有する。その上で、成果出版の編集会議を1回開催する。

【館内研究員】 奈良雅史
【館外研究員】 岡本健、越智郁乃、紺屋あかり、鈴木佑記、中村香子、福井栄二郎、藤野陽平
研究会
2022年8月27日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
東賢太朗(名古屋大学)「成果論集序論の構想、および共同研究の総括と展開に関する発表」
越智郁乃(東北大学)「瀬戸内海とフランス・ナントにおける芸術祭の観光化と脱観光化:成果論集分担章草案」
2022年8月28日(日)10:30~12:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
鈴木佑記(国士舘大学)「タイ・モーケンの観光化と脱観光化:成果論集分担章草案」
2022年9月24日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
奈良雅史(国立民族学博物館)「雲南回族の観光化と脱観光化:成果論集分担章草案」
藤野陽平(北海道大学)「台湾日本軍兵廟の観光化と脱観光化:成果論集分担章草案」
2022年9月25日(日)10:30~12:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
岡本健(近畿大学)「国内コンテンツツーリズムの観光化と脱観光化:成果論集分担章草案」
2022年10月8日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
東賢太朗(名古屋大学)「フィリピン・ボラカイ島の観光化と脱観光化:成果論集分担章草案」および「成果論集序論草案」
紺屋あかり(明治学院大学)「パラオの観光化と脱観光化:成果論集分担章草案」
2022年10月9日(日)10:30~12:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
中村香子(東洋大学)「ケニア・マサイの観光化と脱観光化:成果論集分担章草案」
2023年2月16日(木)17:00~20:00(国立民族学博物館 第3演習室)
東賢太朗(名古屋大学)「論集序論の草稿発表」
福井栄二郎(島根大学)「論集各章の概観と修正コメント
2023年3月9日(木)17:00~20:00(国立民族学博物館 第3演習室)
東賢太朗(名古屋大学)「論集の最終版発表」
福井栄二郎(島根大学)「論集各章の修正版と構成案へのコメント」
研究成果

最終年度である本年度は、成果公開出版に向けた共同研究会を、5回開催した(うち2日間開催3回)。そのうち3回は各メンバーが分担章の内容を発表し、それに基づいた議論を行った。特に、「脱観光化」というキーワードを個別事例から見直し、縮小、停止、方向転換という3類型を作成した。また各章を、観光の新たな現象に注目するものと、観光と社会の新たな関係に注目するものの2つに大きく分類した。
後半の2回は、編者3名を中心に、序論草稿の検討と各章との関連付けを行い、成果公開出版の構成を作成した。序論の検討過程からは、以下3点を新たに確認することができた。それは、①観光化と脱観光化が表裏一体であり、同時進行するということ、②社会的分断を乗り越えるための観光を通じた連帯や共同性の可能性、③観光の人類学的研究を再構想するための、ホストとゲスト、およびその関係性を同時にとらえる視座である。

2021年度

最終年度は、昨年度予定通りに開催できなかった繰越分2回を含め、6回の研究会開催を予定している。うち4回は、メンバーと特別講師による「観光化」と「脱-観光化」の事例報告を行い、本研究会の視座とすり合わせながら議論を行う。事例報告と議論を通じて、成果発表論集における各メンバーの担当章の構成案を作成する。メンバーは各章の草稿を順次執筆し、進度に応じて研究会で読み合わせを行う。
残りの2回は、本共同研究から導き出せる新たな理論的枠組み構築のための議論を行う。また、観光社会学の理論との架橋や差異化を行うため、特別講師を招聘する。理論的枠組みを中心に代表者が執筆する予定の成果発表論集の序論草稿を作成し、メンバー全員で検討する。
各回では成果発表のためのシンポジウム開催や論集出版についての打ち合わせも行う。必要に応じて出版社の編集者にも同席してもらい、章構成や刊行方法、時期なども含めた企画書を作成する。

【館内研究員】 奈良雅史
【館外研究員】 岡本健、越智郁乃、紺屋あかり、鈴木佑記、中村香子、福井栄二郎、藤野陽平
研究会
2021年4月17日(土)14:30~18:00(ウェブ開催)
越智郁乃(東北大学)「地域文化の翻訳:新潟県新潟市とフランス・ナント市の芸術祭を事例に」
藤野陽平(北海道大学)「親日台湾を求めて:観光化する台湾の日本神の例から」
全員「討論―発表2事例をふまえて」
2021年5月22日(土)14:30~18:00(ウェブ開催)
松本健太郎(二松学舎大学)「重層化する状況:モノとイメージのネットワークを紡ぐもの」
福井栄二郎(島根大学)「観光業と社会の分断?:ヴァヌアツ・アネイチュム島における社会変化から」
全員「討論――発表2事例をふまえて」
2021年7月24日(土)14:30~18:00(ウェブ開催)
安田慎(高崎経済大学)「脱領域化/再領域化する「中東都市」:湾岸諸国における旧市街開発を事例に」
奈良雅史(国立民族学博物館)「民族観光の展開:中国雲南省回族社会の事例から」
全員「討論――発表2事例をふまえて」
2021年8月20日(金)14:30~18:00(ウェブ開催)
須永和博(獨協大学)「マスツーリズムと先住民観光――北海道・白老地域のアイヌ観光を事例として」
東賢太朗(名古屋大学)「ビーチリゾートの「終わりなき日常」といくつかの事件:フィリピン・ボラカイ島の調査から」
全員「共同研究の中間総括と今後の展開に向けて」
2021年9月18日(土)14:30~18:00(ウェブ開催)
岡本健(近畿大学)「脱観光化と新型コロナウィルスに関する研究計画」
東賢太朗(名古屋大学)「新たな観光様態に関する人類学的研究の計画」
全員「共同研究の中間総括と今後の展開に向けて」
2021年12月18日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
門田岳久(立教大学)「距離と身体:〈戦後〉のモビリティ研究に向けた試論」
東賢太朗(名古屋大学)「観光化と脱観光化、そして新たな観光様式について」
2021年12月19日(日)10:30~12:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
全員「共同研究終了後の活動と成果発表にむけて」
20022年3月13日(日)15:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
東賢太朗(名古屋大学)「観光化と脱観光化、その先へ:成果論集に向けた序論案」
奈良雅史(国立民族学博物館)「観光の新たなあり方、観光が刷新する新たな社会:共同研究の振り返り」
研究成果

本年度は7回の共同研究を開催した。そのうち5回は新型コロナウィルスの感染状況によりウェブ開催となり、その他2回も対面開催とウェブの併用となった。また最終年度の本年度は各メンバーの2年半の調査成果を持ち寄り、成果論集の内容を検討することを目的としていたが、メンバー全員が海外調査を実施できず、その点は延長となった次年度に持ち越されることになった。
本年度の主な成果としては、下記3点が挙げられる。①4名のゲストスピーカーの発表と議論から、人類学や関連領域における観光研究の現状と今後の課題を確認した。②本研究会の鍵概念である「観光化」と「脱観光化」を、新型コロナウィルス感染拡大の現状に具体的に位置付けた。③成果論集の内容を再検討し、今後の感染状況の変化によっては文献やオンラインでの調査も活用し、ポスト・コロナを見据えたものに展開することを検討した。

2020年度

本年度は4回の共同研究会を民博館内で実施する。メンバーは、全員が最低一度ずつ共同研究会での報告を行い、各自の事例と本共同研究のテーマである「観光化」と「脱観光化」との関係について検討する。また4回のうち2回の研究会では、特別講師をそれぞれ2名ずつ招聘する。特別講師は、観光研究にかかわる他分野(観光社会学、観光経営学を予定)の近年の理論的な動向について研究報告を行い、本研究会の個別事例や理論的課題との対話を行う。また、4回の研究会の中で2回ほど、少数メンバーによる理論的検討のためのミーティングの時間を取り、次年度以降の成果報告に向けて全体の枠組みを検討する。そのほか、国際会議や国内の学会・研究会、また可能であればシンポジウムなどの機会を設け、共同研究会の中間成果を公開する場を設ける。加え、各メンバーは国内外の学術雑誌や学会・研究会で本研究における各自の中間成果を公表する。

【館内研究員】 奈良雅史
【館外研究員】 岡本健、越智郁乃、紺屋あかり、鈴木佑記、中村香子、福井栄二郎、藤野陽平
研究会
2021年2月5日(金)14:30~18:00(ウェブ会議)
中村香子(東洋大学)「『マサイ』民族文化観光における『苦境』の観光資源化に関する一考察」
鈴木佑記(国士館大学)「海民村落比較研究事始:タイ領アンダマン海域における「観光化/脱観光化」」
全員「観光化と脱観光化とは?――発表2事例をふまえて」
2021年3月5日(金)14:30~18:00(ウェブ会議)
紺屋あかり(明治学院大学)「ポストコロニアル ・ノスタルジア:パラオ老人会と日本人観光客との交流の場を事例に」
岡本健(近畿大学)「コンテンツツーリズムから考える現実・情報・虚構空間と身体的・精神的な移動:アニメ聖地における旅行者の「リアリティ」を考える」
全員「ポスト・コロナの観光化と脱観光化――発表2事例をふまえて」
研究成果

2年目の2020年度は、新型コロナウィルスの完成拡大により当初6月に予定していた第1回の研究会を延期したのち、数回の対面での研究会を計画したがかなわず、2月5日と3月5日に2度のウェブ会議を開催した。本年度は共同研究会の全メンバーが現地調査を行うことができなかったため、4つの発表の内容も新たな現地調査資料を含むものではなく、これまでの調査資料を振り返り、新たな視点を見い出すための試み的な内容であった。しかし、そのような限定された状況下においてもメンバーの多数がウェブ会議に参加し、活発な議論を行い、それぞれ新たな知見を獲得することができた。とくに現状進行している新型コロナウィルスの感染に対する観光地の対応と、それにともなう脱観光化、さらには次第に再開する観光地の再観光化の状況について、それぞれの調査地の状況を共有できたことは予想外の成果であった。次年度以降については、今後の調査地の状況をメンバー各自が把握しながら、当面可能な研究を継続することを確認した。

2019年度

本研究は、9人のメンバーによる個別事例の検討と、それを踏まえた理論構築を目指す。総論と各論は常にフィードバックできるよう、各自のメンバーは双方を念頭に置いた研究を行い、全体としての統一感を保持できるようにする。
初年度は、研究会全体の方向性を確認する。とくに「観光化/脱-観光化」という概念について議論を深める。また学会での分科会、出版、シンポジウム等の実現可能性についても話し合う。

【館内研究員】 奈良雅史
【館外研究員】 岡本健、越智郁乃、紺屋あかり、鈴木佑記、中村香子、福井栄二郎、藤野陽平
研究会
2019年12月14日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
東賢太朗(名古屋大学)「共同研究の概要と枠組みに関するプレゼン」
全員「各メンバーの研究紹介と共同研究会での役割」
2019年12月15日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第1演習室)
全員「今後のスケジュールと進め方、特別講師招聘について」
2020年2月1日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
遠藤英樹(立命館大学)「モバイル=デジタル時代の観光――ツーリズム・モビリティーズ研究を「脱構築」する(仮)」
須藤廣(跡見学園女子大学)「観光社会学とポスト・モダン社会(仮)」
2020年2月2日(日)10:30~12:00(国立民族学博物館 第3演習室)
全員「招聘講師発表の振り返りと次年度に向けての計画打ち合わせ」
研究成果

初年度は、2回の共同研究会を開催した。第1回研究会では、メンバー全員が各自のこれまでの研究の紹介と本共同研究内での役割について報告を行った。また、本共同研究の鍵概念である「観光化」と「脱-観光化」について、メンバー間での理解を深め共有するために各自の事例をもとに議論を行った。課題として、観光社会学の知見をどのように取り入れ、またどのように差異化すべきかという点が明らかになった。  その課題をふまえ、第2回研究会では観光社会学の研究者2名を特別講師として招いた。モビリティ社会とポスト近代における観光に関する発表をもとに、近年の観光社会学の研究動向について議論を行った。また「観光化」と「脱-観光化」概念についても、それらの動向に位置付け直し再検討した。その結果、両概念は相反するものではなく、双方が現代社会における観光の変容を反映した動きであることが明らかになった。