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拡張された場における映像実験プロジェクト

研究期間:2018.10-2022.3

藤田瑞穂

キーワード

感覚民族誌学、表象文化論、キュレトリアル、スタディーズ

目的

現場での観察や実測に基づくフィールドワークなど人類学的な手法が、美術、特に映像表現を含むものにおいて随分多く見られるようになり、また人文科学においても写真、映像、音楽など芸術の手法を活用した研究の必要性を論じるアートベースド・リサーチという考え方が広まりつつある。このように、従来の学問領域を超えたアプローチが日々更新されているという傾向を踏まえ、本研究では、映像人類学者、文化人類学者とキュレーター、アートコーディネーター、美術家といった芸術に関する専門職に携わる者からなるチームを結成し、多様な領域の理論と現実社会とを芸術を媒介に結びつけることを目指す。異なる領域での活動を行う者が互いにその活動にふれ、交流や協働作業を通してそれぞれの知と技術との交換を可能とする領域横断的な研究活動の基盤作りを推進するとともに、従来の学問それぞれのアーキテクチャー(枠組み、構造)自体を拡張、発展へとつなげていくことを目的とする。

研究成果

研究期間前半には、共同研究員や特別講師による映像実践の事例が共有され、質疑応答また全体討論で異なる専門領域を持つ参加メンバーによる意見交換を行った。回を重ねる度に研究会で共有しようとする「映像」の定義は拡張されていき、イメージをいかに動的に捉え、連続性を見出すことができるかなどの議論も交わされた。2年目となる2019年度末には、有志メンバーによって映像で捉えた脈動、感覚、時間を書籍の形で収録し、いかに拡張することができるかに挑戦した書籍の出版が実現した。その後いくつかの研究会や論集などで参照され、評価が得られたことも特筆すべき本研究の中間成果であると言えるだろう。3年目には研究会での研究発表という形式にとどまらず、実験的な取り組みにも着手することが期待された。しかし、新型コロナウイルス感染症の世界的流行によって、個々のメンバーの研究だけでなく本研究においても、計画の延期・変更を余儀なくされた。そこで「拡張」をテーマに本研究によって新たに生まれた視点に各自の研究内容を接続し、動的イメージに関する議論をともに深めることが後半の活動の主軸となった。成果論集を見据え、各メンバーの論考について草稿の段階からの意見交換を複数回行ったほか、少人数で集まって研究会に関連した対話も実施した。その結果、より深い内容での相互交流が実現したことは有益であった。遠方のメンバーを含めての対面研究会の継続的な実現が難しく、本研究に関連した領域横断的かつ実験的な活動は今後の課題として残ったが、研究期間終了後も引き続き、各メンバーとの対話を通してその実現可能性を探っていくこととする。

2021年度

【館内研究員】 川瀬慈
【館外研究員】 奥脇嵩大、佐藤知久、西尾咲子、西尾美也、福田浩久、村津蘭、矢野原佑史、岸本 光大、下道 基行
研究会
2021年5月31日(月)13:00~15:30(ウェブ開催)
全員「拡張する映像イメージ――人類学とアート/表現と学術」
2021年10月11日(月)13:00~18:00(ウェブ開催)
川瀬慈(国立民族学博物館)「イメージの生とその増殖」
奥脇嵩大(青森県立美術館)「ミミズの抵抗――牡鹿半島での志賀理江子らの制作にみる「錯乱期」イメージ実践の可能性」
西尾美也(奈良県立大学)「アートプロジェクトを記録・アーカイブする二次的な語り直しの可能性:「感覚の洗濯 いわきツアー2017–2019」の実践を通して」
柳沢英輔(同志社大学)「エオリアン・ハープの実践を通して再構築される身体と環境の関係性」
藤田瑞穂(京都市立芸術大学)「イメージの受容とずれゆく感覚——展覧会の現場から」
村津蘭(東京外国語大学)「喚起する妖術師——マルチモーダル人類学と民族誌の拡張」
小川翔太(名古屋大学)「証言映画アウトテイク・アーカイブの映像学研究、フォト・エッセー」
金子遊(多摩美術大学)「ゾミアの遊動民——映画『森のムラブリ』について」
ふくだぺろ(立命館大学)「民族誌映画人類学映画について:アンチ・リアリズム、ポエティクス、実験の系譜」
佐藤知久(京都市立芸術大学)、矢野原佑史(国立民族学博物館)「art/based/research/based/art→art/as/research/as/art」
質疑応答
研究成果

動的イメージを共通言語とした領域横断的な研究のあり方をめぐって、予定していた研究期間を一年延長して検討を続けた。遠方の参加者を含む対面研究会の実現が難しい状況が続き、本年度の二回の研究会はいずれもウェブ開催となった。そのため昨年度同様、研究会の場で偶発的な交流が生じることはなかったのは残念である。やはりオンラインでの集団会議では、研究会というフォーマットを超えて議論を拡張させることに限界を感じざるを得なかった。しかし研究成果の発表をめぐって、研究会外で個々のメンバーとの議論を重ねる度に新たな知見を得る機会がもたらされ、また今後の新たな研究の萌芽となるような発見が多々あったのは幸いであった。共同研究としては本年度末をもっていったん終了とするが、成果発表論集の編集過程でも、意見交換などを通した協働によって、動的イメージについての考察を引き続き深めていく。

2020年度

これまでの研究会では毎回、メンバーの研究発表と、研究者のみならず映画監督、実務家など映像の現場で実践的な活動を行うゲスト(特別講師)の発表とを組み合わせて実施してきた。さまざまな事例についての考察を通して「映像」への認識は拡張されていき、回を重ねるごとに議論は深まっている。また、本研究に関連して、映像的・物語的要素を紙面に展開することを目指した意欲的な書籍も出版された。最終年度となる2020年度には、継続的な問題意識に基づく研究発表を実施するだけでなく、映像をめぐる学際的な研究としての成果発表のあり方も具体的に検討していく。

【館内研究員】 川瀬慈
【館外研究員】 奥脇嵩大、佐藤知久、西尾咲子、西尾美也、福田浩久、村津蘭、矢野原佑史、岸本 光大、下道 基行
研究会
2020年7月1日(水)13:00~17:00(ウェブ会議)
村津蘭(東京外国語大学)「憑依におけるメディアと情動」
ふくだぺろ (福田浩久・立命館大学)「ルワンダの元狩猟採集民トゥワのイメージコスモロジー」
全体討論
2020年11月18日(水)14:00~17:30(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ会議併用)
柳沢英輔(同志社大学)「エオリアン・ハープを用いた環境の可聴化」
全体討論
2021年3月9日(火)13:00~17:00
各メンバーによる研究進捗報告、全体討論
研究成果

新型コロナウイルスの感染拡大の影響によって社会が変化していく中で、あらためて「映像」をどのように捉えるかということがたびたび議論の中心となった。フィールドワークの実施が難しく、研究計画の延期・変更を余儀なくされたメンバーも少なくないが、この状況にも柔軟に対応しようとする意欲的な萌芽的研究が多数報告され、また活発に意見交換も行われた。今年度最終の研究会では、成果発表のあり方についても協議した。研究期間を1年延長し、学際的な共同研究として、研究会のタイトルにもある「拡張」「実験」をキーワードに、この研究会によって新たに生まれた視点から各自の研究をつなぎ合わせて一つのストーリーを築き上げるための作業に時間をかけて取り組むことが確認された。加えて、動的イメージに関する論考をめぐっての将来的な展望をどのように示すかが継続的な課題となるだろう。

2019年度

1)主要メンバーによる関連プロジェクト「im/pulse: 脈動する映像」から発展させた研究を継続して実施する。平成30年度の研究成果を書籍化し、平成31年度中に出版予定。幅広い領域の知と技術を活用した、映像表現をはじめとするさまざまな形態の研究にふさわしい成果発表のあり方を探るべく、ビジュアル・ストーリーテリング・ブックなどの事例も検証しながら、展覧会等芸術分野での図録・記録集や論文集からのさらなる飛躍を目指す。
2)映像に限らずさまざまな形式での「記録」のあり方について文化人類学、芸術の双方における事例などを検証する。記録としての映像、芸術表現としての映像について比較考察を行う。メンバーあるいは特別講師による実践例を交えながら、記録と表現、ドキュメンタリーとナラティブの狭間について探る。また、各メンバーの研究経過についてブラッシュアップをはかるための報告会も実施する。

【館内研究員】 川瀬慈
【館外研究員】 奥脇嵩大、佐藤知久、西尾咲子、西尾美也、福田浩久、村津蘭、矢野原佑史、岸本 光大、下道 基行
研究会
2019年6月9日(日)10:00~15:30(国立民族学博物館 第7セミナー室)
田中みゆき「全盲者による映像の可能性/不可能性について」
奥脇嵩大(青森県立美術館)「百姓の眼」
藤田瑞穂(京都市立芸術大学)「変わりゆく街における芸術とアクティビズム」
全体討論
2019年9月15日(日)13:00~17:30(国立民族学博物館 第7セミナー室)
山内政夫(柳原銀行記念資料館)「自主映画『東九条』とその時代」
満若勇咲(映像作家)「制作現場から見たドキュメンタリーについて」
全体討論
2019年11月17日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 大演習室)
小川翔太(名古屋大学大学院)「期待の地平としての映像アーカイブ――帝国観光の映像が露呈する問題」
佐藤知久(京都市立芸術大学)「(発表タイトル未定)」
全体討論
2020年2月9日(日)13:00~17:00(国立民族学博物館 映像実験室)
川瀬慈(国立民族学博物館)、村津蘭(京都大学)、矢野原佑史(京都大学)「あふりこ——フィクションの重奏/遍在するアフリカ」
金子遊(多摩美術大学)「ゾミアの遊動民——映画『森のムラブリ』の企画・撮影・上映について」
全体討論
研究成果

2019年度の研究会では共同研究員ならびに5名の特別講師による研究発表を9本実施した。この全4回の研究会と毎回の全体討論によって、昨年度と比較してより広い専門分野での実践・研究について検証することができた。また本年度には、メンバーの研究成果として2冊の書籍が刊行された。1冊目は、芸術・映像人類学の革新的試みとして、新たなストーリーテリングと問題提起のあり方を目指した「あふりこ——フィクションの重奏/遍在するアフリカ」(新曜社)である。刊行後、本研究会においてその取り組みについての発表ならびに、この書籍が人類学においてどのように評価され得るかなどの意見交換も行った。2冊目は、芸術・映像人類学のコラボレーションとしての研究実践を、映像で捉えた脈動、感覚、時間を書籍の形で収録し、いかに拡張することができるかに挑戦した「im/pulse」(京都市立芸術大学)で、この冊子にはメンバーのうち7名が関わった。これらの本年度の取り組みを経て、最終年度に向けてどのように研究成果発表の形が可能かを検討中である。

2018年度

平成30年度下半期から平成32年度の2年半を研究期間とする。初年度となる平成30年度には計2回の研究会を予定。平成31年度、32年度には各4回の研究会を予定。(より活発な研究を目指すため、回数は多めに設定する。うち数回を関西圏のメンバーのみで平日を中心に実施する可能性あり)
1)主要メンバーによる関連プロジェクト「im/pulse: 脈動する映像」から発展させた研究を継続して実施する。平成30年度の研究成果を書籍化し、平成31年春に有限会社松本工房より出版予定。幅広い領域の知と技術を活用した、映像表現をはじめとするさまざまな形態の研究にふさわしい成果発表のあり方を探るべく、ビジュアル・ストーリーテリング・ブックなどの事例も検証しながら、展覧会等芸術分野での図録、記録集や論文集からのさらなる飛躍を目指す。
2)1972年から1973年にかけて撮影されたイラクの遺跡に関する記録映像(16ミリフイルム83本、京都市立芸術大学芸術資料館所蔵品)のデジタル化ならびにその新たな活用方法についての研究を実施する。特別講師として文化人類学者(地域研究)、映像作家、写真家等を招聘し、研究会、パフォーマンス、展覧会の実施等を検討中。また、先行事例を含むエンサイクロペディア・シネマトグラフィカの活用についての考察等を並行して進める。
3)映像に限らずさまざまな形式での「記録」のあり方について文化人類学、芸術の双方における事例などを検証する。記録としての映像、芸術表現としての映像について比較考察を行う。メンバーあるいは特別講師による実践例を交えながら、記録と表現、ドキュメンタリーとナラティブの狭間について探る。また、各メンバーの研究経過についてブラッシュアップをはかるための報告会も実施する。

【館内研究員】 川瀬慈
【館外研究員】 奥脇嵩大、佐藤知久、西尾咲子、西尾美也、福田浩久、村津蘭、矢野原佑史
研究会
2018年11月30日(金)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
藤田瑞穂(京都市立芸術大学)「共同研究の趣旨説明と検討課題について」
全体討論
2019年2月1日(金)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
矢野原佑史(京都大学)「音楽主体の映像編集による文化表象」
西尾美也(奈良県立大学)、西野正将(美術家/映像ディレクター)「映像編集と表現の「拡張」――言語/非言語による二次的な語りの可能性」
総合討論
研究成果

本研究の前段階として行われた主要メンバーによる関連プロジェクト「im/pulse: 脈動する映像」(2018年、京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA)は、「感覚民族誌」を文化人類学とアートの双方の観点から捉える実験であった。その後の展開として本研究会では、文化人類学とアートに関わるメンバーにより、字義通りの「映像」のみならず、映像的な要素を持つ表現・活動も含めながらその可能性や問題点、将来的展望などについて検証している。また、第1回研究会の全体討論で話題に上った「映像による二次的な語り」についてさらに議論する場を設けることを目的とし、第2回に美術家/映像ディレクターの西野正将氏を特別講師に迎えて討論を行った。文化人類学、アートというそれぞれの枠組みを取り外し、研究対象に対するより本質的な考察のあり方を検討するべく、今後も回ごとに分断された内容ではなく、継続的な議論の生まれる場であるように留意しつつ研究を進める。