第38回比較文明学会開会あいさつ
皆さん、こんにちは。今日は、ようこそ国立民族学博物館(民博)へ、そして第38回の比較文明学会大会にご参集くださいました。民博館長の吉田憲司です。
民博の初代館長梅棹忠夫先生、親しみを込めて梅棹さんと呼ばせていただきますが、その梅棹さんが、設立にも関わられたこの比較文明学会、――設立時の顧問で、学会の設立総会では記念講演を担当されたと記憶していますが――、
その比較文明学会の大会を、わたくしどものみんぱくで、1970の大阪万博から50年という節目の年に、しかも梅棹忠雄生誕100周年記念企画展「知的生産のフロンティア」の会期中に開催させていただというのは、大変名誉なことと、光栄に存じております。
私たち、みんぱくは、今年で、開館して42年になります。みんぱく、国立民族学博物館は、博物館という名がついていますが、法律上は、国立大学法人法のもとに設置された大学共同利用機関法人のひとつであり、まずもって、文化人類学・民族学とその関連領域の研究所として設立されたものです。その研究機関が、博物館という、研究資料の蓄積と研究成果を公開する回路をもち、また、総合研究大学院大学・文化科学研究科の二つの専攻を置いて博士課程の大学院教育にも従事している。みんぱくというのは、そういうユニークな、研究・教育・博物館という3つの機能をもった組織になっています。民博に所属する研究者は、現在52名。その一人ひとりが世界各地でフィールドワークに従事し、人類の社会と文化、そして文明の調査研究を進めています。
みんぱくが過去40年をかけての収集してきた標本資料、つまりモノの資料の総数は、現在、約34万5000点を超えました。このコレクションは、二○世紀後半以降に築かれた民族学資料のコレクションとしては、世界最大規模のものです。みんぱくは、其の施設の規模の点で、現在、世界最大の民族学博物館になっています。
今回の大会のテーマは、「命をめぐる文明的課題の解決に向けて」とお聞きしています。
おりしも新型コロナウイルス感染症が拡大の一途をたどるなかで、社会に潜在していた差別意識が浮かび上がり、世界の分断が顕在化するとともに、私たちが現在の生活を送るうえで当たり前だと思って来た慣行やルール、とりわけ、人類が近代に入って作り上げてきた文明の成り立ちやありようが洗い出され、その意義と存在理由が改めて問われることになっています。
考えてみれば、人類史上、文明の転換点には、常に感染症の拡大がかかわっていたと言えそうです。そもそも、文明の発生によって定着した大規模な人間集団が形成されたことが、感染症の流行の土壌を形成したのは間違いありません。紀元前後のイエス・キリストの事績を記す新約聖書には、イエスが行く先々で、病に伏す人びとの姿が描かれ、イエスによるその癒しの様子が記されています。読みようによっては、聖書は、感染症の蔓延の記録であったとさえいえるかもしれません。
6世紀のコンスタンチノープルのペストの流行は、東ローマ帝国の衰退と地中海世界でのイスラームの伸長の契機となりました。
さらに14世紀のペストのヨーロッパでの流行は、封建制の崩壊とキリスト教会の権威の失墜を招き、ヨーロッパ中世の終焉と国民国家の形成、ルネサンスの勃興、そして近代の成立につながっていきます。一方、感染症への抗体をもつ勢力の拡張は、抗体をもたない地域の文明の滅亡を招きました。新大陸(アメリカ大陸)におけるアステカやインカの滅亡がその例です。
人類を危機に陥れるこうした感染症には、ひとつ、共通性があります。それは、その多くが、人獣共通感染症、とくに人間以外の動物由来の感染症だという点です。自然界の動物を宿主とし、被害を及ぼさずに生存してきた微生物が、何らかの理由による環境のかく乱を契機に、家畜や家禽そして人に侵入してひき起こす感染症です。ペストはネズミ、インフルエンザはアヒルなどの水禽、SARSはハクビシン、エイズはサル、そして今回の新型コロナウイルスの場合は、コウモリに由来すると推定されています。
そもそも私たちヒト自身も大量の微生物を体の中に宿すことで生命を維持しています。ヒトや動物と細菌やウイルスは、通常の状態では、いわば平衡を保って共生していると考えたほうがよいのでしょう。ときとして、そうした微生物はヒトの世界に侵入し、大規模な感染症を引き起こしますが、時間とともに平衡を取り戻し、ヒトと共生する存在になってきたのは、これまでの歴史が示す通りです。ワクチンや治療薬の開発といった要因も考えられますが、ヒトの側の集団免疫の獲得や、細菌やウイルスの側の生存戦略もかかわっているのかもしれません。これからは、感染症の問題を考えるときも、あるいは文明の問題を議論する際にも、人間の社会や歴史だけでなく、動物、植物、さらには細菌、ウイルスまでも含めた「生命圏」全体を視野に入れたうえでの検討が必要なのだと痛感します。
2025年に開催が決まった大阪・関西万博のテーマは、「命輝く未来社会のデザイン」とされました。まさにコロナ後に私たちが命とどうかかわっていくのかを考えるイベントとなりそうです。
今回の大会では、1日目の今日は、生き物と文明について考え、明日は、万博と文明を、そして最終日は「社会、文明、思想から命を考える」場となっています。
あらかじめ要旨集を拝見しましたが、命をめぐる文明的課題に真正面から挑戦した新鮮で意欲的な論考が並び、私自身もわくわくするような思いをかみしめています。
今回の比較文明学会の大会を通じて、人類の文明について、そして人間の命について、新たな視座と知見が浮かび上がってくることを期待しております。
最後になりましたが、この大会の開催にあたりましては、原田憲一会長をはじめとする比較文明学会の皆様はもとより、千里文化財団の皆さんに大変なご尽力をいただき、また関西・大阪21世紀協会からはご助成をいただきました。主催者の一人として、お力をいただきました皆様に、この場を借りて御礼を申し上げます。ありがとうございました。
では、3日間の長丁場となりますが、みなさん最後まで、どうぞよろしくお願いいたします。