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環北太平洋地域の先住民社会の変化、現状、未来に関する学際的比較研究――人類史的視点から

研究期間:2020.10-2024.3

代表者 岸上伸啓

キーワード

環北太平洋地域、先住民社会、学際的比較

目的

環北太平洋沿岸地域(新旧両大陸の北太平洋沿岸地域)において先住民文化・社会の間に類似性や共通性が見られることは、100年以上前から知られていた。この類似性や共通性を解明するために、フランツ・ボアズ(Franz Boas)によるジェサップ北太平洋調査プロジェクト(1897年~1902年)など大小さまざまな調査・研究が試みられてきた。本研究の目的は、環北太平洋地域の先住民の諸言語・諸社会・諸文化の変化と現状、未来について、(1)自律期、(2)接触期、(3)植民地期、(4)国家による同化期、(5)政治的自律化期、(6)未来の6つの時期に分けて、(1)歴史・考古学、(2)言語学、(3)文化人類学の視点から学際的に比較検証し、その異同の諸側面を総合的に解明するとともに、同地域の先住民社会の未来を構想することである。北太平洋の東西沿岸に分布する先住民社会の間にみられる文化的類似性と共通性をどのように考えるべきか、彼らの言語・社会・文化がどのように変化してきたか、現状はどのようであるか、そしてそれらは今後どのように変化していくか、を解明する。

2023年度

2023年度は、共同研究の成果を取りまとめるための共同研究会と成果発信のための共同研究会(国際シンポジウム形式)を計2回、開催する。また、共同研究会の成果を取りまとめ、刊行する。
(1)全体の研究成果をとりまとめるために、第1回共同研究会を2023年6月17日(土)にズームを利用して開催する。
(2)共同研究の成果の一部を国際発信するための第2回共同研究会を、一般公開の国際シンポジウム形式で、2023年11月3日~11月5日に国立民族学博物館第4セミナー室(ズーム併用)で開催する。
(3)本共同研究の成果を商業出版する準備を行い、2023年度内に刊行する。

【館内研究員】 齋藤玲子、島村一平
【館外研究員】 生田博子、井上敏昭、大石侑香、大坂拓、加藤博文、呉人恵、近藤祉秋、関口由彦、高倉浩樹、高瀬克範、立川陽仁、野口泰弥、平澤悠、堀博文
研究会
2023年11月3日(金)~11月5日(日)(国立民族学博物館 第4セミナー室 ウェブ開催併用)
国際シンポジウム
”Prehistory, Language and Culture of Indigenous Societies in the North Pacific”

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2023年5月28日(日)(国立民族学博物館 第4セミナー室 ウェブ開催併用)
一般公開シンポジウム「日本の商業捕鯨の現状を考える:環北太平洋地域研究の視点から」

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2022年度

2022年度は本共同研究の最終年度である。2022年5月、7月、9月、10月および2023年2月に共同研究会を民博において計5回実施する予定である。第1回は旧大陸から新大陸への人間集団の移動とその後の拡散について検討する「環北太平洋の考古学研究の展開」、第2回は環北太平洋地域の新旧両大陸の先住民諸言語の歴史的関係性や共通性・違いを検討する「環北太平洋の言語学研究の展開」、第3回は環北太平洋地域の新旧両大陸の先住民諸文化の歴史的関係性および変化を検討する「環北太平洋の文化人類学研究の展開」、第4回は本共同研究の成果を総合し、検討するための「環北太平洋地域の先住民諸文化の比較研究」(成果公開シンポジウム)(3日間予定)、第5回は成果取りまとめ会合を実施する。なお、開催形式は、実際の対面形式とオンライン形式の併用で実施する。また、10月の成果公開シンポジウムは、科研基盤研究(A)「北米アラスカ・北西海岸地域における先住民文化の生成と現状、未来に関する比較研究」(課題番号19H00565)と共同開催で実施する。

【館内研究員】 齋藤玲子、島村一平
【館外研究員】 生田博子、井上敏昭、大石侑香、大坂拓、加藤博文、呉人恵、近藤祉秋、関口由彦、高倉浩樹、高瀬克範、立川陽仁、野口泰弥、平澤悠、堀博文
研究会
2022年5月29日(日)13:00~17:00(ウェブ開催)
岸上伸啓(国立民族学博物館)「今後の共同研究の実施予定について」
加藤博文(北海道大学)「北ユーラシアにおけるイヌの家畜化の開始:系統・利用・新石器化の文脈から」
平澤悠(東亜大学)「北米における先史時代イヌ研究の動向:人類移住との関連に注目して」(仮)
2022年7月31日(日)13:30~17:30(ウェブ開催)
岸上伸啓 (国立民族学博物館)「事務連絡」
呉人惠(北海道立北方民族博物館)「言語からみる環オホーツク海諸民族交流――二ヴフ語、アイヌ語、コリャーク語に焦点をあてて――」
堀博文 (静岡大学)「北アメリカ北西海岸地域における言語接触について」
全員「全体の質疑応答」
2022年10月29日(土)10:00~17:25(国立民族学博物館 第4セミナー室 ウェブ開催併用)
一般公開シンポジウム
「環北太平洋地域の先住民社会の先史、言語、文化」
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2022年10月30日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 第4セミナー室 ウェブ開催併用)
一般公開シンポジウム
「環北太平洋地域の先住民社会の先史、言語、文化」
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2023年2月12日(日)13:00~16:00(ウェブ開催)
岸上伸啓(国立民族学博物館)「環北太平洋地域の先住民社会に関する最近の研究動向について」
全員 「コメントと議論」
岸上伸啓(国立民族学博物館)「研究成果取りまとめの準備について」
全員 「コメントと議論」
岸上伸啓(国立民族学博物館)「今後の共同研究計画について」
全員 「コメントと議論」
研究成果

2022年度は4回の共同研究会(うち1回は一般公開シンポジウム形式)を実施した。本年度の研究成果は下記の通りである。
(1)考古学分野では考古学を核としながらも遺伝系統学や古環境・古地形学の成果を取り込んだ学際的研究が行われ、新たな発見があいついでいる。ユーラシア大陸および北アメリカ大陸の先史時代のイヌに関する学際的研究によって、旧大陸から新大陸への人の移動に関して、人とともに移動したイヌに関して考古学的研究や遺伝子研究することにより、どの集団がどの種類のイヌとともにいつごろに移動してきたかが解明されつつある。この種の研究が人類の新大陸への移動と拡散の解明に新たな知見をもたらしつつある。また、最新の考古学的研究や遺伝系統学的研究、古環境・古地形学の成果によれば、人類の新大陸への移動は、最終氷河期(約2.65~1.9万年前)以前に起った可能性がきわめて高く、新大陸到達後の拡散については、太平洋沿岸移住ルートと無氷回廊通過ルートが考えられることが判明した。
(2)言語学分野における新旧両大陸における諸言語の系統関係の解明について、諸集団間の接触や交流に着目した研究が実施された。北アメリカ北西海岸地域には系統が異なる多様な言語が密集しているが、諸言語間には音韻や文法において共通の特徴が見られる。一方、旧大陸側の諸言語間では語彙における類似性は指摘されているが、音韻の対応関係等については証明されていない。これらの成果に基づけば、北太平洋沿岸の旧大陸側と新大陸側の現存する諸言語間の類似性については、同源による類似というよりも接触による類似の可能性が高いと考えられる。
(3)文化人類学分野では、環北太平洋沿岸地域の諸民族の文化的共通性と差異に関する比較研究は一部の例外を除けば、ほとんど行われてない。その一方で、北海道のアイヌ社会、アラスカのグィッチン社会、カナダのハイダ社会の変化と現状について比較検討することによって、各社会は政治的自律期、外部との接触期、外部社会との共存期、外部者による植民地化期、植民地支配による同化期、再自律化期という時代を体験し、現在、グローバル化の影響下で先住民運動や新たな産業の振興などを通して将来社会の構築を目指しているという共通点を見出すことができた。
(4)諸研究分野の成果を総合し、新しい環北太平洋地域の先住民社会の研究を進めるためには、学際的研究のみならず、現地の先住民自身が積極的に連携するないしは参加する超学際的研究の推進が重要であるという認識が本共同研究を通して共同研究員の間で共有された。
(5)2022年度には、一般公開シンポジウム「環北太平洋地域の先住民社会の先史、言語、文化」を10月29日・30日にハイブリッド形式で開催するとともに、同地域の先住民研究の研究動向に関する報告書『環北太平洋沿岸地域の先住民文化に関する研究動向』(『国立民族学博物館調査報告』156号)を刊行し、共同研究の成果論文集作成のための準備を行った。

2021年度

2021年度には、環北太平洋地域の先住民の言語・文化・社会の歴史的変化と現状を検討対象にした共同研究会を5回実施する。テーマは、「北アメリカ北西海海岸地域における先住民文化・社会の変化の共通性と多様性:ハイダとクワクワカワクゥを中心に」、「アラスカ地域の先住民文化・社会の変化の共通性と多様性:野生動物管理、資源開発、社会・文化変化を中心に」、「旧大陸シベリア地域の先住民の文化・社会の共通性と多様性:文化人類学・考古学を中心に」、「アイヌ文化の共通性と多様性:文化人類学・考古学を中心に」、「環北太平洋沿岸地域における新旧大陸の先住民文化・社会に関する共通性と多様性の比較:言語と社会組織を中心に」である。これらのテーマの共同研究を通して、環北太平洋地域の先住民社会・文化の歴史的変化と現状に関する共通性と多様性を学際的に比較検討する。また、共同研究の成果を基にした博物館展示(企画展)の可能性を検討する。

【館内研究員】 齋藤玲子、島村一平
【館外研究員】 生田博子、大石侑香、大坂拓、加藤博文、呉人恵、近藤祉秋、関口由彦、高倉浩樹、高瀬克範、立川陽仁、野口泰弥、平澤悠、堀博文、井上敏昭
研究会
2021年7月25日(日)10:00~17:30(ウェブ開催)
第1回テーマ「新大陸北太平洋地域における先住民文化・社会の共通性と多様性――北アメリカ北西海海岸先住民文化を中心に」
岸上伸啓(国立民族学博物館)「趣旨説明」
岸上伸啓 (国立民族学博物館)「北西海岸先住民文化の変化と現状――ハイダ民族を中心に」
堀博文(静岡大学)「コメント」
立川陽仁(三重大学)「温暖化の認識について――カナダと日本の事例から」
野口泰弥(北海道立北方民族博物館)「環北太平洋北米地域における威信財の研究にむけて」
全員「全体討論」
2021年9月26日(日)10:00~17:10(ウェブ開催)
井上敏昭(城西国際大学)「グィッチン文化・社会の変化と現状」
近藤祉秋(神戸大学)「過去回帰言説から考える内陸アラスカ先住民の社会変化」
生田博子(九州大学)「南西アラスカにおける生存狩猟と北米最大の金鉱開発」
2021年11月6日(土)10:00~17:10(ウェブ開催)
大石侑香(神戸大学)「20世紀の毛皮の生産・流通・消費の変化」
加藤博文(北海道大学)「シベリアにおける近年の集団形成仮説と基層⽂化モデルの⾒直し」
平澤悠(東亜大学)「内陸アラスカ先史⽂化の変容過程とアサバスカン伝統の形成」
2021年12月4日(土)10:00~17:10(ウェブ開催)
高瀬克範(北海道大学)「アイヌの農業の変化:民族誌と古民族植物学の乖離をうめる」
大坂拓(北海道博物館)「アイヌ展示における「伝統」と「現在」を架橋する試み――令和3年度アイヌ工芸品展「アイヌのくらし」を例として」
齋藤玲子(国立民族学博物館)「アイヌ文化と観光――アイヌ“工芸”の商品化を中心に」
2021年12月18日(土)13:30~16:10(ウェブ開催)
関口由彦(国立アイヌ民族博物館)「アイヌ民族の『現代』を展示する ――ミュージアムの脱植民地化、その可能性の中心」
2022年3 月5日(土)13:30~16:00(ウェブ開催)
岸上伸啓(国立民族学博物館)「環北太平洋地域の先住民社会の比較試論――社会構造と命名、アートを事例として」
全員「2022年度の共同研究および成果出版について」
研究成果

(1)シベリア・アメリカ大陸北部地域の考古学研究:加藤博文は約4万年前(最終氷河期)以前に人間がシベリアの高度極北地域にすでに進出していたこと、最終氷河期以降のシベリア地域では集団形成が複数回、起こったことを報告した。平澤悠は内陸アラスカにおけるアサバスカン伝統が1万4千前から500年前まで継続したことや火山噴火は同伝統の変容の最大の要因ではないことを指摘した。
(2)アラスカ先住民研究:井上敏昭は、グイッチン社会の変化は新しい道具を受け入れつつ、大事な部分を守る戦いであるというalternative modernization仮説を提示した。一方、近藤祉秋はアラスカ内陸先住民の過去回帰言説をもとに社会変化を検討した。生田博子は、アラスカ先住民が多様なステークホルダーとの複雑な関係性の中でいかに適応的戦略を実践しているかをアラスカ南西部のDonlin金鉱開発を事例として紹介した。これらの研究から現在のアラスカ先住民社会では生業漁撈・狩猟が社会・文化・政治・経済的に重要であることが判明した。
(3)北西海岸先住民研究:岸上伸啓は、ハイダ民族のクラン制度などを事例として18世紀後半以降の文化変容の中に連続性が見られることを示した。立川陽仁はクワクワカワクゥ民族が温暖化をどのように環境から感じているか、またその認識プロセスに関して考察した。
(4)アイヌ文化研究:高瀬克範は、古民族植物学の成果に基づき擦文文化以降の北海道における畠作について考察を加えた。齋藤玲子は、観光産業化との関連でアイヌ「工芸」の商品化について論じた。大石拓と関口由彦は現代アイヌ文化展示におけるアイヌ民族の視点の重要性を主張した。
(5)比較研究:野口泰弥は威信財に関して、岸上伸啓は社会構造やアート制作などに関して、大石侑香は毛皮産業構造の変化に関して、比較研究の可能性を提示した。

2020年度

2020年度には、研究代表者が提案する研究構想(2020 「北米アラスカ・北西海岸研究から見た環北太平洋沿岸諸先住民文化の比較研究の展望」『第34回北方民族文化シンポジウム網走 報告』(34):1-6.網走:北方文化振興協会)を全員で検討し、全体的な研究計画を策定する。また、これまでに行われた環北太平洋地域の先住民の言語・文化・社会に関する研究成果を整理し、共同研究員間で研究すべき問題・課題を共有する。そのうえで、北東アジア・新大陸への人の移動に関する考古学の研究成果について検討する。
第1回「共同研究会の研究構想と研究計画の検討および課題の整理」
第2回「北東アジア・新大陸への人の移動と先住民文化・社会の形成:考古学を中心に」

【館内研究員】 齋藤玲子、島村一平
【館外研究員】 生田博子、大石侑香、大坂拓、加藤博文、呉人恵、近藤祉秋、関口由彦、
高倉浩樹、高瀬克範、立川陽仁、野口泰弥、平澤悠、堀博文
研究会
2020年10月24日(土)13:30~17:15(国立民族学博物館 第6セミナー室 ウェブ会議併用)
岸上伸啓(人間文化研究機構・国立民族学博物館)「環北太平洋地域の先住民社会の変化、現状、未来に関する学際的比較研究――共同研究計画の提案を中心に」
全員「各自の研究紹介と研究計画の中での役割の検討」
2020年10月25日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 第6セミナー室 ウェブ会議併用)
齋藤玲子(国立民族学博物館)、岸上伸啓(人間文化研究機構・国立民族学博物館)「特別展「先住民の宝」におけるアイヌ展示と北西海岸先住民(カナダ)展示について」
齋藤玲子(国立民族学博物館)、岸上伸啓(人間文化研究機構・国立民族学博物館)「環北太平洋先住民関連フォーラム型情報ミュージアム(Data Base)の高度化について」
2020年12月5日(土)13:00~17:00(北海道大学アイヌ・先住民研究センター/国立アイヌ民族博物館 [ウェブ会議併用])
岸上伸啓(人間文化研究機構・国立民族学博物館)「趣旨説明」
高瀬克範(北海道大学)「千島アイヌの形成史に関する学説整理と研究動向」
平澤悠(東亜大学)「北米移住仮説研究の動向とアラスカの位置付け」
全員 全体討論「環北太平洋の考古学の現状と課題」
2020年12月6日(日)10:00~18:00(北海道大学アイヌ・先住民研究センター/国立アイヌ民族博物館 [ウェブ会議併用])
高倉浩樹(東北大学)「環北太平洋民族誌にみられる狩猟採集社会の不平等化」
全員 全体討論
加藤博文(北海道大学)「国立アイヌ民族博物館における展示と研究」
2021年3月14日(日)13:00~17:00(ウェブ会議)
趣旨および打ち合わせ
呉人恵(富山大学)「北東アジア諸言語の系統と類型――北米との関係性を視野に――」
堀博文(静岡大学)「北米先住民諸言語の系統分類と歴史」
全体討論
研究成果

初年度は共同研究会を3回開催した。第1回共同研究会では、環北太平洋地域の先住民社会に関する文化人類学研究の研究史と成果を整理した。第2回共同研究会では、千島アイヌの形成史に関する学説整理と研究動向、旧大陸から北米への人類の移住に関する研究動向とアラスカの位置付け、環北太平洋地域の狩猟採集民社会における不平等の出現過程について検討を加えた。第3回共同研究会では、北米先住民諸言語および北東アジア先住民諸言語の系統分類の諸説と問題点,新旧大陸の言語間の関係などについて検討を加えた。これらの議論の結果、新旧両大陸の先住民諸文化の間にはサケや海獣に基づく生業活動、定住度の高さ、精神世界におけるワタリガラスの重要性などといった共通性や類似性が見られる一方、先住民諸言語の系統関係は、両大陸間のみならず、それぞれの地域内においても解明できていないことが判明した。先住民諸文化・諸言語間の類似性と差異の生成は、先住諸民族による類似した自然環境への適応過程、移動経路、交流や交易、戦争などの歴史的相互作用と複雑に絡み合っているため、それらを解明するためには考古学者や歴史学者、言語学者、文化人類学者、生物人類学者らが協働して学際的比較研究を行う必要があるという認識を共有するに至った。