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朝鮮半島関連の資料データベースの強化と国際的な接合に関する日米共同研究

研究期間:2017.4-2020.3 / 強化型プロジェクト(2年以内)

太田心平

プロジェクトの概要

プロジェクトの目的

 朝鮮半島の文化に対する世界の関心が高まり、関連データベース(以下「DB」)の社会的需要も高まっている。本館の朝鮮半島関連の標本資料は約3万点にもおよび、この需要に寄与することが出来る世界有数のDBを形成している。ただ、資料情報に不十分なものが2,700点ほど見られる。このプロジェクトの第一の目的は、これらを補填することだ。
 本館のDBが充実しても、国際的な利用を促進できるわけではない。同様の問題は、アメリカ自然史博物館(以下「AMNH」)のDBにも指摘されている。第二の目的は、本館とAMNHの朝鮮半島関連DBの統合的入口(ポータル)を作成し、国際利用を促進することだ。
 第三の目的は、同類のDBをもつ国内外のその他の機関の研究者と、ポータルのフォーラム型機能を用いて、資料情報やポータル自体の質を高めることだ。これはまた、他機関がポータルへ加盟することを促し、ポータルの汎用化を探る作業にもなる。

プロジェクトの内容

 本プロジェクトは、次のプロセスで実施する。
(1)本館が所蔵する標本資料のうち朝鮮半島関連のもの(全体の約9%、約3万点)のうち、資料情報に不備が見られる2,700点のうち、1,200点について、標本資料DBに記載されている資料情報の強化をはかる。既存の朝鮮半島食文化DBの特性に合わせた作業となる。
(2)AMNHは、すでに標本資料DBを公開しているが、自然史家ロイ・チャップマン・アンドリュース(後に館長)とその当時の妻(写真家)が、20世紀初頭に朝鮮半島で撮影した写真や映像、約300点を、さらにDBへ追加しようとしている。本館とAMNHのこれらの作業は、平成29年度に締結する学術交流協定にもとづき、相互協力と共同研究の体制で進む。 【以上、1年目】
(3)本館とAMNHの間で、構築するポータルに関するアイデアを出し合い、その仕様を決定する。なお、現時点までの話し合いで浮かび上がっているポータルの概略は、別紙のとおりである。(科学研究費補助金(若手研究(B))により、アメリカ合衆国立自然史博物館(スミソニアン)、オランダ国立民族学博物館、デンマーク国立博物館を訪問し、ポータルに関するアイデアの聴き取りも行う。)
(4)本館所蔵の資料情報に不備が見られる2,700点のうち、残り1,500点について、標本資料DBに記載されている学術情報の強化をはかる。これで既存の朝鮮半島食文化DBと一体化できる。
(5)これらにより整理された2館のDB群の追加情報をもとに、各DB間を横断する機能をもつポータルをシステム構築する。関係者のあいだで試用し、暫定システムを構築する。【以上、2年目】
(6)構築されたポータルを、同様のDBを有する国内外の機関の研究者に公開し、フォーラム型機能を用いて資料情報を強化する。また、ポータル自体の質を高めるアイデアを募る。候補として挙げられる機関は、神奈川大学常民文化研究所、澁澤資料館、宮本記念財団、徳島県立鳥居龍三記念博物館、アメリカ合衆国立自然史博物館(スミソニアン)、オランダ国立民族学博物館、デンマーク国立博物館、ソウル大学博物館、大韓民国国立民俗博物館などである。
(7)特に、ソウル大学博物館、大韓民国国立民俗博物館については、両博物館を通じてソースコミュニティによる考証を受ける。
(8)集まったアイデアを整理したうえで、それらを討議するため、上記を候補とする国内外の機関の研究者を招聘し、本館で国際ワークショップを開催する。この国際シンポジウムには、ポータルの公開前に質を高めるアイデアを得られると期待できるだけではなく、今後にポータルへ参加する機関を募集する効果も期待できる。
(9)ポータルの部分改修。
(10)DBとポータルの一般公開。 【以上、3年目】

期待される成果

 本館が所蔵する朝鮮半島関連の標本資料と資料情報を、これまでより充実した形で、かつ食文化DBまで含め統合的に利用できるDBが完成する。かつ、本館だけでなくAMNHの標本資料と写真および映像のDB、その資料情報までポータルで引き出せるため、日本国内の学術機関がAMNHを利用する道を大きく広げることが出来る。また逆に、英語圏の人びとが本館、その標本資料、その資料情報の存在を知り、利用していくためのツールが完成する。また、フォーラム型機能により標本資料や写真資料の情報を世界各地から得ることが出来るため、朝鮮半島に関する研究空間を提供することともなる。加えて、ポータルという形態であるため、他の機関がもつDBを後に追加していくことも出来、プロジェクト終了後に他機関のプロジェクトによって成長していくという波及効果も期待できる。

成果報告

2019年度成果

1. 今年度の研究実施状況

  今年度は、前年度までに修正し、カテゴリー分けを追加した標本資料のメタデータを、ウェブブラウザ上で閲覧できるデータベースとしてプログラミング作業にまわしつつ、一般公開するため、両博物館の技術者チームや事務職チームと、主に2種類の議論を重ねた。
 第1に、メタデータとデータベースの運営体制について、両博物館の事務職チームと議論を重ねた。特に慎重さを要したのは、他の博物館が所管するメタデータを公開しつづけるための体制であり、もっとも重要だと明らかになった点は、データベースが運用に移ったあと、内容やサイバー・セキュリティについての責任を、誰がとっていくかだった。
 第2に、研究者が求めるデータベースの質と、技術者が実現可能なプログラミングの量を調整するため、両博物館の技術者チームと一連の議論を重ねる必要が生じた。特に、プロジェクトチームが作成して標本資料のメタデータに適用してきたカテゴリー分けは、技術者チームにとってプログラミングが煩雑すぎると明らかになった。このため、カテゴリー数を減らしつつ再構築するとともに、全部のメタデータを作成しなおすこととした。
 また、第4四半期に計画していた国際的な活動は、諸事情によりキャンセルせざるをえなかった。上記の事由により、今年度にデータベースを公開することは出来なかった。

2. 研究成果の概要(研究目的の達成)

 運営体制の問題は解決された。プロジェクトチームの当初計画では、両博物館がすべてのメタデータとプログラミングを共有し、それぞれに管理運営するというものだったが、それは断念することとなった。理由は、他の博物館のメタデータに関する内容に関する責任を、どちらの博物館も取れないからであり、かつメタデータに含まれる日本語の内容はAMNHで管理できないからである。これらの課題への対策は以下のとおりに決まった。
(1) まず本館がデータベースを開発して本館のサーバーで公開し、AMNHは状況をみる。
(2) メタデータはつねに暫時的な研究成果であるという認識のもと、修正したメタデータは両博物館のあいだで交換する。
(3) AMNHは日本語のメタデータを所管することも使用することもしない。
なお、この解決策にいたる過程では、以下に示す他の3つの方式も熟考し、討議した。
・ 英語のデータベースはAMNHが、日本語のデータベースは本館が運営し、韓国語のデータベースは暫定的にどちらか、ないし両方の博物館が運営する。
 (→ メタデータの内容に関する責任の所在が不明確になるため、不適切と判断された。)
・ データベースを検索するたびに、それぞれの博物館のサーバーに保存されたメタデータを読み込み、統合して表示するように、プログラミングを開発、運営する。
 (→ サイバーセキュリティを脆弱にするリスクがあると判明し、許可されなかった。)
・ それぞれの博物館がクラウド機能を使って同じメタデータを使用できるよう、メタデータを修正する権限をもつユーザーアカウントを作り、その修正ログも共有する。
 (→ 法的に有効なアカウント約款を定める必要が生じることがわかり、回避した。)
 以上のとおり精緻に検討したうえで採用した方式に沿って、改めてプログラミングに関する検討をプログラムチームと重ねた。本プロジェクトチームは、両博物館の標本資料を4階層の入子構造によりカテゴリー分類することを考え、合計6,000件以上にのぼる標本資料にタグづけをおこなってきたが、プログラムチームが作業可能と判断した入子構造は3階層であった。このため、(1)カテゴリー全体を3階層のものに作り替える作業、(2)従来のカテゴリーに準拠して標本資料ごとにタグ付けしたデータを消し、新しい3階層のタグをつけ直す作業の2種類の作業が必要となった。

3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)

2018年度成果

1. 今年度の研究実施状況

 本館の朝鮮半島関連の標本資料、写真・映像資料のうち、メタデータが不十分なもの3,000点について、昨年度から実施していた情報の追加作業を終えた。また、国際共同研究をしているアメリカ自然史博物館(以下「AMNH」)の朝鮮半島関連の標本資料、写真・映像資料のすべても、同様に追加作業を終えた。そして、本館が学術交流協定を有する韓国国立民俗博物館の諮問のもと、韓国のソースコミュニティと協働しはじめた。
 今年度の実施内容は、4点に分けられる。(1)本館の資料に関する10,800点のレコード(標本資料のキーワード600点+標本資料名のハングル表記600点+標本資料名のハングルのローマ字転写600点+サムネイル写真3,000点+標本資料の最終確定した日本語名3,000点+標本資料の英語名3,000点=10,800点)を追加した。(2) AMNHの資料に関し、本館の資料との関連づけに必要な4,412点のレコード(標本資料名のハングル表記1,088点+標本資料名のハングルのローマ字転写1.088点+標本資料のキーワード1,088点+写真資料のキーワード30点+サムネイル写真1,118点=4,412点)を追加した。(3) 両館の資料をまとめて分類するために、本館の活動状況をAMNHの教員にも把握してもらい、かつ昨年度に仮作成したカテゴリーを彼/彼女らと修正して、より使いやすいものに見直した。(4)韓国のソースコミュニティの2つのグループとの協働を試み、ソースコミュニティとの本格的な協働を次年度に実施できるよう計画を立てた。
 なお、本プロジェクトがひとつの特徴としているキーワードによるカテゴリー分類方法は、本館とAMNHの研究者はもとより、韓国およびオランダの研究者の協力も得て、より良いものへと改善されている。

2. 研究成果の概要(研究目的の達成)

 上記の(1)(2)(3)は、本館の担当教員2名、AMNHの担当教員2名(Laurel Kendall, Alex de Voogt)、35歳以下の若手研究者5名との共同研究によりおこなった。この5名は、いずれも外国人留学生であり、英語圏では学術活動を行ったことがなく、うち4名は女性である。教員たちは、若手研究者たちにアルバイトやリサーチアシスタントの機会を提供しつつ、資料を熟考する研究をともにおこなった。特に3名の若手研究者たちは、AMNHの訪問研究者(Visiting Researcher)という経歴もえられた。このことから、各自の研究の進展はもちろん、彼/彼女らが研究者として活動の幅を広げていく機会も提供できた。
 上記(4)は、本館が学術交流協定を有する韓国の国立民俗博物館の諮問をえながら、研究代表者がおこなった。ソースコミュニテイの2つのグループとの協働が挙げられる。
 まず、伝統文化から現代を生きるための知恵をえようとする韓国人の女性のグループと協働した。彼女らからは、このデータベースを活用することで、新たな日常の再発見がありそうだという反応をえた。たとえば、20世紀の前半に作られ、本館が所蔵するポジャギ(Pojagi; アップリケで作った風呂敷)のデータを彼女らに見せたところ、彼女らは「買い物に使うエコバッグは何の愛着も湧かないため、使い続けることがなく、結果的にあまりエコフレンドリーではないが、もともと家族の思い出がつまった古布を自分で縫い合わせて作るポジャギのバッグならば、その点を解決できるのではないか」という、彼女らの日常を改善するアイデアが出た。
 また、研究代表者が20年間にわたって調査を続ける1960年代生まれの韓国民主化運動世代のグループにも、協力をえられることとなった。多くの先行研究は、彼/彼女らのライフ・ヒストリーが国家政治や世界経済への言及ばかりで埋め尽くされ、結果的に彼/彼女らのミクロな人生の個人的記憶(personal memories)が、マクロな政治経済の社会的記憶(social memory / collective memory)に束縛されていると指摘してきた。研究代表者がおこなったこれまでの研究でも、個人の個別の記憶を掘り起こす作業はいつも困難で、民主化の進展などの国家政治や資本主義の限界などの世界経済で自分たち自身のライフ・ヒストリーを語るという強い傾向が彼/彼女らにはあった。しかし、本館が所蔵する資料のデータを見ながら語る彼/彼女らのライフ・ヒストリーは、まったく違っていた。伝統的な生活用品からは、祖父母と暮らした思い出の日々、その時に見聞きした印象深い出来事などが初めて聴き取れた。70年代や80年代の標本資料を見ながら語ってくれたことは、これまで彼/彼女ら自身も語ったことがなかったという青春時代の政治経済的でない日常だった。その作業の数日後、ある参加者は自らのブログで、「ああ、わたしの人生って、民主化運動以外にも色いろとあったんだなあ。わたしの人生は、思っていたより、豊かだったのかもしれない」と述べていた。これらの作業を次年度に進めていくことで、韓国民主化運動世代の記憶を政治経済から解放していくような、新しい研究展開が期待でき、同時に彼/彼女ら自身が自己を再発見するような契機となっていくものと期待できる。

3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)

出版
A. de Voogt, S. C. Ota & J. W. B. Lang
2018 “Work Ethic in a Japanese Museum Environment: A Case Study of the National Museum of Ethnology” (co-authored by Alex de Voogt, Shimpei C. Ota & Jonas W. B. Lang), Bulletin of the National Museum of Ethnology 42(4): 435-448.
S. C. Ota
In print “Academic Hypothesis and Social Reliability: On the Dual Structure of the Korean Spiritual World,” M. Hayakawa, A. Kato & K. Matsukawa (eds.) The Interpretative Turn and Multiple Anthropologies.
In print “The First Pancake Is Always Lumpy: Toward a Poliphonic Exhibition of Korean Ancestor Worships,” Senri Ethnological Studies.
太田心平
2018 「天然痘の痕」, 『文部科学教育通信』445:2。
2018 「キムジャンが続くとき――女性たちの協働から、家族行事、都市型イベントへ」, 『vesta』112, 味の素食の文化センター: 38-41。
2018 「データベースの自由検索が不自由なとき――標本資料の検索を変える一試み」, 『民博通信』163号, 人間文化研究機構国立民族学博物館: 10-11。
上水流久彦・太田心平・尾崎孝宏・川口幸大(編)
In print 『문화인류학에서 보는 동아시아』, 朴志煥(訳).

2017年度成果

1. 今年度の研究実施状況

 本館が所蔵する標本資料のうち、朝鮮半島関連の3,000件について、標本資料DBに記載されている資料情報を強化した。  具体的には、これらすべての資料情報に、韓国政府が定めた「2000年式転写法」による現地語(韓国語)名称のアルファベット表記を付した。この作業は計画になかったものの、米国側の共同研究者たちとの議論の結果、国際的に使用できるデータベースには不可欠なものだという判断がくだったため、追加したものである。
 また、予定していた作業も、当初の見込み以上の成果を達成できた。2,400件について、欠落していたハングル表記を追加し、カテゴリー検索のためのキーワードを付すことも出来た。さらに、日本語名称が問題をはらんでいた2件について情報を修正でき、記載されていた制作年に疑問があった2件について、米国と韓国の専門家の監修をえて、明らかな齟齬であることを立証した。
 これらの作業により、現行の展示に用いられているすべての標本資料(1,099点)の資料情報すべてが、現時点で最善の状態に更新された。また、収蔵庫にある標本資料の欠落情報や情報齟齬も、予定以上の速度で整備されつつある。

2. 研究成果の概要(研究目的の達成)

 上記の作業を、米国と韓国の共同研究者たちを含めた議論をふまえて実施したことで、国際的に有用なデータベースにはどのような項目が必要となるかが明らかとなった。特に現地語名称の表記をするためには、カタカナ表記や、特殊記号を用いなければならない「マッキューン=ライシャワー方式転写法」ではなく、韓国政府公認の「2000年式転写法」を用いてアルファベット転写すべきだとわかったのは、こうした議論の成果である。これにより、本データベースにより高い汎用性を整備できたものと考えられる。
 また、上記の議論が効率的に進んだことにより、本年度に予定していた標本件数(1,200件)およびレコード件数(3,600点)を上回る、標本件数3,000件、レコード件数5,404点の整備を終えることが出来た。
 そして、既存の資料情報に記載された制作年に疑問が呈されていた2件については、ソースコミュニティに属する韓国の共同研究者と、第三者という公平な立場にある米国の共同研究者の協力を得られたからこそ、訂正して整備できたものと評価できる。
 ただし、計画時に示したとおり、本館で所蔵する朝鮮半島関連の標本資料のなかには、まだ数百件に資料情報の不備が見られる。また、本館で所蔵する朝鮮半島関連の標本資料すべてに「2000年式転写法」による現地語名称をつけるためには、まだ数ヶ月分の作業量が残されている。

3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)

太田心平「日本国立民族学博物館の研究・展示・教育と韓国文化研究」、慶北大学人文学部コア事業、2018年2月5日。