ルーツをめぐる政治学と共生の技法――ポスト国民国家時代の民族と「歴史」(2024.4-2027.3)
テーマ区分:民族と歴史
代表者:松尾瑞穂
研究期間:2024.4-2027.3
プロジェクトの目的・内容
本プロジェクトの目的は、民族をめぐる「歴史」を多角的に問い直すことを通して、現代世界におけるルーツの政治学とそれを超える共生の技法を検討するものである。
民族や人種の科学的(生物学的)基盤やそれに基づく定義の妥当性が否定された今日でも、ルーツ(出自/起源)は、個人か集団かにかかわらず、そのアイデンティティの構築や自他カテゴリーの生成と強化において、強力な物語的基盤を与えつづけている。だが、現代においてそれはメディアやナラティブを通した想像の共同体を生み出すだけでなく、一方では遺伝情報や生体認証といった個別化されたデータの集積、他方では国籍や市民権のような国家の法や制度の履行を通じて、特定のリアリティをもった「実体」として立ち現れるところに特徴がある。
たとえば、第三者が関与する生殖医療では、医療機関は配偶子ドナーの個人情報を保持し、必要があれば開示しなければならないとする法整備が進んでいる。この制度の根拠は、優先されるべきは生まれてくる子の出自を知る権利であり、人が自らのルーツを知ることは人権として捉えられる。あるいは、もはや自らのルーツをたどることができない新大陸の奴隷や労働移民の子孫によるルーツメイキングは、家族の物語を書き直すことを可能にすると同時に、失われたコミュニティの歴史を取り戻す企てでもある。移民や混血、先住民、被差別集団といった主流社会から周縁化されたマイノリティの人々による、ルーツをめぐる政治学は、しばしば抵抗の手段として機能してきた。そして、こうして探求され生成されたルーツは、系譜やファミリーヒストリー、父祖の地をたどるルーツ・ツーリズム、オンライン上のGenealogy Archives、遺伝子検査、博物館展示のような各種の装置によって、遂行的に実行される。もちろん、遺伝子学、考古学や人類学を始めとする学問もその実行の一翼を担っていることは言うまでもない。 民族の生成における歴史の作用について問い直す本プロジェクトが注目するのも、グローバル資本主義経済において繰り広げられている、現在のルーツをめぐる動きが、きわめて政治経済的な事象であり、移動、制度、情報、テクノロジーの拡大と不可分に結びついているという点である。
だが、一方で、こうしたルーツを実体化する作用は、かならずしも安定的で単一のルーツや固定的な社会カテゴリーへの同定を導くわけではない。法制度ではとらえきれず、ゲノム解析によっても同定しきれないルーツの複数性や曖昧性こそが、Aか非Aかという二者択一ではなく、AでなくAでもなくはないという存在の不定形性へと思考を拓く可能性がある。
本プロジェクトは、グローバル資本主義経済下におけるルーツをめぐる政治の比較検討を通して、国家、制度、テクノロジー、身体の絡み合いを明らかにするとともに、存在の不定性という視座から共生のありようについて考えていく。
期待される成果
本プロジェクトを通して期待される点は、これまでの民族研究において主流であった民族の歴史やアイデンティティの形成という領域に、移動や混血、テクノロジー、身体性という新たな視点からアプローチし、現代社会における民族の歴史をめぐる複雑性を多角的に分析することである。民族の歴史を記述することは、きわめて政治的な試みとなり得るが、本プロジェクトは記述の手前で、どのような装置や制度がそれを可能にしているのか、また記述の後に何が生まれていくのか、という動態を提示する。そして、国内外の共同研究者との対話を深め、シンポジウムや成果刊行を通して国際的な研究ネットワークを形成、共有することで国際発信を行っていく。
みんぱく公開講演会
2024年11月8日(金)
みんぱく公開講演会「民族×アートの現在――美をめぐる政治のゆくえ」
国際シンポジウム
2025年度開催予定